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週刊READING LIFE vol.9

札幌「恋は盲目」旅《週刊READING LIFE vol.9「人生で一番思い出深い旅」》


記事:北村 涼子

学生時代、ナショナルチームのスキージャンプ選手とお付き合いをしていた。
住み込みでアルバイトしていた民宿に合宿できていた彼と意気投合して、お付き合いを始めたわけである。
ただ、ぶっちゃけた話、2年間お付き合いをしておきながら会ったのはたったの2回というわけのわからない話である。

京都に住む私と、札幌在住、シーズンオンの際は北欧で合宿、試合三昧の彼とは全く接点がなく、頭に「?」しか浮かばない「お付き合い」であった。
ひたすら私は札幌の彼の寮へ手紙を送る毎日。
当時はLINEもなければ今でこそひとり一台の携帯もそこまで普及していなかった。メールも今みたいに長文をがんがん打てるようなものではなかった。

清く健やかなお付き合いで、昭和か! と突っ込みたくなるような手を握っただけだったような、そんな意気投合方法で「お付き合い」が始まったこの恋は、大学2回生であった私にとったら「ドキドキワクワク」の代物であった。

2月に出逢い、3月には別々の地へ戻り、4月には彼が京都へ遊びに来てくれて、と言っても海外遠征の帰りに一瞬だけ立ち寄った、という状況で平安神宮で「デート」して、またまた関空に戻り、札幌へ帰っていってしまった。

手? つないだ? さー、どうだったか。それさえ危うい、もう、本当に「何?」というお付き合い。
しかし、そんなんでもいい。私は「恋」したんだから。
恋した相手に認められて、「僕も好き」なんて(言われたかどうかは覚えてないし、認識ない!)言われたことにしてそっとこの恋を温めるんだから。

なんてことで、3日に1通は手紙を出す日々。しかし彼は合宿の毎日。札幌の寮には1年の5分の1ぐらいしかいなかったんじゃなかろうか。
おのずと手紙は溜まっていく。寮の入り口に個人ポストがあるらしい。そのポストにどんどんどんどん私からの手紙が溜まっていく。
遠征から帰ってきた時に私の手紙が山ほど届いている。それを「嬉しい」と表現してくれた彼の言葉を信じて疑わなかった私。
益々書いてしまうし、どんどん送ってしまう。
日々の私のことを手紙に書きしめて、なんだったらあの手紙全部回収したいぐらい。私の青春が詰まった「日記」になっているよ、きっと。
そんな「日記」をずっと読まされた彼の心の中は知る由もない。

その翌年の秋に大学の友人と旅行を計画した。もちろん「札幌」へ。
彼に合宿の予定など聞いてはみたけれど、シーズンオンに入っている彼と調整つくわけもなく、ただただ私は女ふたりで札幌旅行に出掛けるだけ、という体になった。
でも、会えなくても寮は見たい! と。彼が住んでいる寮に行って、その空気が吸いたい! ええ、変態ですね、もう。
この頃にはすでに「会えない時間が愛を育てる」なんてびっくりするようなことを考えていたから、本当に。そして「ナショナルチームの彼氏」という肩書にただ陶酔していたちょっとイタイ女子であった。
そんなイタイ女子に「えーよ、私も札幌行きたいし」と快く付き合ってくれた友人に感謝しかない。
出発前から旅程について入念に打合せ、何に乗って、どこに行って、どこで何食べて……「よっしゃ、そこ行ったついでに彼の寮に行く!」と、彼の寮なのか、観光なのか、どっちがついでかわからない旅程にしてみたり。

そうして2泊3日の旅行に出かけた!
今そこに彼がいなくても彼が住んでいる同じ地に降り立った! というだけでテンションは上がる。21歳の私はそんなことだけでドキドキするような可愛い感性の持ち主であった。もちろん過去形だけれど。

そんなドキドキを持ちながらの札幌旅行は、どこに行っても何を食べても新鮮でキラキラしていた。つい3年前に高校の修学旅行で同じところを観光したにも関わらず。何もかもが初めて見るような感動を抱いた。
何度も言うが、イタイ女子であったんだから仕方がない。

旅行終盤、とうとう行ってみた、彼の寮。遠目で眺める。あそこで彼が暮らしている、と感慨にふける。そんな私に気付いたのか、寮から寮父さんが出てきて「誰のファン?」と聞きながら玄関に招き入れてくれた。変質者扱いされなくてよかった……と内心ほっとしながら寮の玄関で辺りをキョロキョロする。選手ひとりひとりのポストがあり、そこへ郵便物はこの寮父さんによって投函される、とのこと。
彼の名前を告げるとポストの場所を教えてくれた。
今思うと警備がかなりゆるい状態であったが今から20年以上も前の話。こんなもんだったのだろう。
そして寮父さんに「もしかして、いつも京都から手紙をくれる子?」と聞かれてまたテンションが上がる。「そうです!!」と。
彼のポストへ昨夜書いた手紙を入れる。昨夜ホテルで友達と飲みながら手紙を書いた。「今、札幌にいます」と。何を夢見て書いていたのか、そんな手紙を書いている姿の写真も残っていたりする。
その手紙をポストに入れる瞬間の「私」を「写真に撮って!!」と友人に撮ってもらった。寮父さんに了解を得て、自分でポストのフタを開けてそっと手紙を置く。京都から投函した手紙が3通ほど目に入って、ドキドキする。これは切手のない手紙。特別。と。

と、言うことで、私は札幌まで郵便屋さんを成し遂げに行き、そののち6ヵ月後には見事に振られてこの恋も終わったわけである。
恋に恋して当時80円で届いた手紙を自分の体ごとの値段と宿泊費を支払って投函しに行ったわけである。
手紙と共に自分丸々を投函していればその続きがあったのであろうか……。
いや、ない。

❏ライタープロフィール
北村涼子 
1976年京都生まれ。京都育ち、京都市在住。
大阪の老舗三流女子大を卒業後、普通にOL、普通に結婚、普通に子育て、普通に兼業主婦、普通に生活してきたつもりでいた。
ある時、生きにくさを感じて自分が普通じゃないことに気付く。
そんな自分を表現する術を知るために天狼院ライティングゼミを受講。
現在は時間を捻出して書きたいことをひたすら書き綴る日々。
京都人全員が腹黒いってわけやないで! と言いつつ誰よりも腹黒さを感じる自分。
趣味は楽しいお酒を飲むことと無になれる写仏。

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2018-12-03 | Posted in 週刊READING LIFE vol.9

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