今日、僕らはコロナの終焉と、新しい時代の幕開けを体感したのかもしれない《湘南ウォーク・トリップ》
記事:菅原 康重(天狼院店主ではなく)
それは2022年5月4日のことでした。
ゴールデン・ウィークの1DAY旅企画「湘南ウォーク・トリップ」に参加するために、朝早く起きると、同じ旅に参加する方がFacebookグループで、こう投稿されていました。
「今日は江ノ電藤沢駅で入場規制のロープ張られたそうです」
思った以上に、江ノ島に人が溢れるかもしれない。
コロナ前なら、なんだ、混むのかよ、と思ったことでしょう。けれども、その投稿を見て、僕は心が踊るような心持ちになりました。
もしかして、コロナが本当に終焉するのかもしれない、と。
この2年間、我々は何度も制限と解放を繰り返され、解放されるたびに、どうせまた第何波の制限がかかるに違いないと、諦観を覚えながらの、仮釈放のような気分でした。すっきりと終わった感じがどうもしない。
その証拠に、結局、街に人が本格的に戻っていないじゃないか。
ということは、日本の総体は、まだまだどっぷりとコロナの中にいるということだろう。
多くの人がそう感じていたのではないでしょうか?
湘南新宿ラインで池袋から藤沢に向かう際には、仕事をしたかったので、グリーン車で行きました。休日料金で、800円でグリーン車に乗れます。ところが、グリーン車も、ほぼほぼ満席でした。これは、いよいよ、日本の総体は、動き出しているのではないかと思いました。
藤沢から小田急線に乗り換えて、片瀬江ノ島駅に向かいました。駅を出ると、10時くらいの朝早い時間だというのに、片瀬江ノ島駅から江ノ島に向かう方にも、江ノ島水族館に向かう方にも、人が流れて行っていました。134号線も、渋滞が起きつつありました。
いよいよ、日本の総体は、外に出ると考え始めたのかもしれない。
そう思うと、やはり、解放感が胸に満ちてくるのです。
もはや、コロナが終わることは永遠にないのではないかと思っていました。もうこのまま、半永久的に制限と解放が繰り返され、我々はヴィルスと自粛のムードに圧せられながら、生きるしかないのかもしれないと。
けれども、今日、目の前にある光景は、それとはまるでパラレル・ワールドで、コロナの時代だったこの2年間こそがファンタジーだったと思えるような光景でした。
ミニ講義を終えて、外に出ると、目の前の江ノ島水族館は、入館を待つ行列が何度も折り返していました。また、シラス丼の店は軒並み行列でした。
江ノ島に向かう道も、混んでいるレベルではなく、むしろ進むのがやっとなくらいで、江ノ島につけば、それに拍車がかかりました。
この光景を見て、僕は初めてこう体感しました。
「コロナの時代は、終わった」
当然、新型コロナはこれからもなくならないでしょう。けれども、他の風邪と呼ばれる旧型のコロナと同様に、共存する時代に入ったと、目の前の光景を見て思いました。
それは、長かった戦いが、ようやく終わると実感するような、歓声も万歳も特番もない、本当に静かな本格的な終焉の始まりでした。
数年後に、振り返るに、日本では2022年5月が、コロナ時代の終焉だったと記されることでしょう。バブル崩壊がいつだったのか、明確には言えないように、日付としては特定されないでしょうが、明らかにこのゴールデン・ウィークが、我々の静かな戦いの本格的な終焉の始まりとなることでしょう。
結局、ウォークトリップに向かった僕らは、江ノ島でいつもの店にも入ることができずに、昼飯難民になりました。
他の仲間が何とか買ってきた、饅頭1個が、ほとんど摂取したカロリーになりました。
けれども、どうでしょうか、この解放感は。
そして、充足感は。
コロナに入る前に、僕らは様々なことを夢見てきたはずです。
もっと旅行をしたい、海外にも行きたい。
田舎に帰って、祖父母と過ごしたい。
結婚式をしたい。友達に会いたい。
演劇をしたい。演劇をみたい。ライブに行きたい。演奏をしたい。
たまにはハメを外して、夜遅くまで遊び歩きたい。
これからは、それが、できるのです。
やりたかったことが、また、できるようになるのです。
静かな終戦は、我々に「普通」であることの素晴らしさを実感させてくれることでしょう。
そして、我々はまた、普通の日々がいかに尊いかを噛み締めながら、生きていくことになるでしょう。コロナで多くを失った人がいるはずです。けれども、知らない間に多くを得た人もいるはずです。
コロナ時代を経た我々が創る未来は、コロナがなかった時代に描いた未来よりも素晴らしいものになると僕は信じたいと思います。
そう、思わせてくれた、今回の江ノ島への旅でした。