「1人親織姫」の七夕
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:天草野黒猫(ライティング・ゼミ平日コース)
ある日のことだった。
「ほら! よか竹ば見つけたぞ」
明るく弾んだ母の声。目の前の山道を、満面の笑みで下ってくる。その肩には、彼女の2倍ほども大きな竹を背負っていた。
そして、その右手には無数のひっかき傷。
しかし、そんな傷をものともしない輝くような笑顔だった。
毎年、七夕の季節になると思い出す風景。
私の瞼にやきついて離れない光景だ。
「もう七夕飾りした?」
「うううん。うちはまだだよ」
それはお弁当の時間。小学生のたわいもない会話だった。
小学校では4つの机をよせて、4人向き合って給食を食べている。
「うちは昨日お父さんが竹とってきて、みんなで飾ったよ」
「うちも、昨日飾った」
「うちは短冊、買ってきてもらった。じゃらじゃらしたスイカとか入ってた」
「そうなんだ。いいね。家も竹とりにいかなきゃ」
そう言いながら、子供心に気持ちは沈んだ。
なぜか?
小学生の頃、私は母と祖母の3人暮らしだったからだ。
田舎町で育った私の周囲は、行事毎に各家庭が賑わう。
運動会ともなれば、家族や親戚で大賑わいだ。みんなで幾つものお重を囲んで、賑やかに盛り上がる。そんな中、決まって母と私は2人だった。
運動会の時と同じ、華やぐ気持ちの中にひとかけらの寂しさが蘇る。
あー竹かぁ。裏山から取って来ればあるけど、お母さんには言えないな……。
そう思いながら、給食を食べ終わる。午後の授業は社会と理科だった。
家に帰ると、祖母が夕食の支度をしていた。今日はセリの天ぷらだ。
間もなくして母も畑から帰って来た。
そして、夕食の時間にひとしきり学校の話をして、なんとなく七夕飾りの話になった。小さいながらに、家庭の事情は察しているませた子供だった私。ほしいとはいわなかった。いや、いえなかった。
そんな翌日のことだった。母が大きな竹を背負って山道をおりてきたのは。
「ほら!」
輝くような笑顔で、手渡された大きな竹は小学生の私には重かった。
大きく立派な竹だった。
「近所んとより、大きかとばとってきたぞ!」
母の満開の笑顔に、思わず一緒に笑ってしまっていた。
「お母さん。ありがとう!」
母の満足そうな笑顔はさらにくしゃくしゃになる。
はしゃいだ私を伴って、母は竹を家の前に建てた。
空に向かってそびえる大きな竹。
2人で広告やお土産の包み紙に願い事を書いて飾った。
夜になっても嬉しくて、何度も怖いのに外にでた。
七夕飾りを見上げると、満天の星空に笹がサラサラとそよいでいる。
大人になって、ふと……「七夕の物語」ってどんな話だったかなと調べてみた。
簡単に言えば、空の神様のお話。
機織り上手の天帝様の娘、織姫。
天の川の対岸に住んでいた働きものの牛飼い、彦星。
2人はめでたく結婚。
しかし、2人で過ごすのが楽しすぎて働かなくなってしまった。
怒った天帝様は2人を天の川の対岸に引き離し、年に1度だけ会う事を許したのでした……って「だめじゃん。織姫、彦星!」
思わずパソコンの画面に向かって声がでる。
もっとロマンチックなお話かと思っていた。
しかし、大人になって知った七夕の物語は、意外とリアルな教訓話。
そして、年に1度しか会えない織姫と彦星。
働き者の織姫も実は普段は1人だったということか。
思えば、竹を取って来てくれた母はどこかで他の家庭と違うひけめも、感じていたのだろう。あの手についたひっかき傷は、できるだけ大きな竹を手に入れて見せたかった名誉の負傷だ。
そして、「1人親織姫」は、自分のできるせいいっぱいの愛情を、子供にそそいでいたのだ。そして、願っていたのだろう。竹のようにすくすくと育ってほしいと。
色んな家庭があって、様々な環境がある。
織姫と彦星がそろっている家庭。
「1人親織姫」、「1人親彦星」の家庭。
お金持ちの家庭もあれば、生活が苦しい家庭もある。
私の家の場合、キラキラの短冊を買うお金はなかったけれど、大きな竹があった。それだけで、こんなに長く強く娘の心には、ほのかな温かさを残してくれている。
そして、七夕の願い事は千差万別だ。
それぞれに願いが違う。
それぞれ違うけれど、子供と何かを願う時間。
一緒に七夕を過ごせる時間は短い。
そして貴重なのかもしれない。
今年も七夕の季節がやってくる。
「1人親織姫」の願いは叶ったのだろうか。
少なくとも、織姫の娘は元気に育った。
そういえば、あの小学生の頃の私は、短冊になんと願いを書いたんだろう。
そんな事をぼんやり思いながら、私は短冊を書く。
「織姫が元気で長生きししてくれますように」。
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