メディアグランプリ

「さかづき」の底には、穴が開いている


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【10月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:やよい(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「これ、あんたみたいだなって思ったから。」
もってみ、と渡されたそれは、時代劇に出てくる頭にかぶる笠のような円錐形をした杯だった。私は「変わったかたちだね。」とそれを受けとった。
高知県の土産品の「空吸(そらきゅう)」という杯だと、りょうこは言う。
本当は私と一緒に行くはずだった、高知への旅行。しかも名目は、私の失恋旅行。
なのに、行けなかった。有給を取っていたのに、仕事を振られたからだ。それも、徹夜必須の期限付き。いけないと電話口で告げると、「まあ、あんただからねえ」とりょうこは笑っていた。
りょうこも飲んでいる、これまた土産の日本酒を注いでもらおうと私はその杯をさし出した。急にりょうこがにやにやしながら、膝にタオルをおいておけ、という。なんだ、小ぶりの杯だからこぼれるのかな、と素直に従う。注がれた途端。
 
底から、酒が抜けた。
 
そう、この杯、円錐の頂点に当たる部分に穴があいていたのだ。あわてて、指でふさいで量が減ってしまった日本酒を飲み干す。なんだ、不良品か?
「あ、だから私みたいってこと?」
見た目はちょっと面白いのに、役目を果たせない、使い勝手がわるくて、しまいにくいし。
「そうじゃなくて。あんたのさっきの飲み方であってるよ。指でふさがないと酒が底から抜けていくし、飲み干さないと下におけないでしょう。そういう宴会のジョークグッズみたいなものよ。民芸品なの。」
「自己肯定感」に悩むあんたのようだなと思ってね、とりょうこは私を見て笑った。
 
自己肯定とは、「自らの価値や存在意義を肯定できる感情等」と定義される。日本人の若者は総じてこの自己肯定感が低い。
「2019年版の内閣府の調査によると」と、りょうこは片手のスマホに表示された記事を得意げに読み上げる。「日本の13~29歳の若者の自己肯定感は、欧米6か国と比較して最下位。ついでに、『自分は役に立たないと強く感じる』の、『そう思う』・『どちらかといえばそう思う』の回答の合計は51.8%。つまり、2人に1人は自分が『価値のない人間』だと思っているということになるねえ。」
その数字が示す通り私も自分が、大嫌いだ。
 
自己肯定感が低いと何が起こるか。まず、自分に不利益があるとかどうでもよくなる。今回のような無茶な徹夜を必須とする業務も、「まあ別に私だし」と引き受けてしまう。
それから、自分を信用できない。だから、他者からの評価を受け入れられず、何をしても「失敗」だと認識してしまい、自己成長ができない。
人間関係にも影を落とす。恋愛がうまくいかない。そりゃそうだ。だって、自分が「ゴミ」みたいに扱っているものをどうして「他人」に大切にしてといえるだろうか。
 
私の自己肯定感のようだと言われた杯をもう一度見る。穴を自らの意思でふさいで、そこに注がれたものを受け取れるように準備して、確実に飲み干す。
なるほど。器の価値を自分で認めて穴をふさぎ、自分の意思で使えるようにして、他者から与えられるものを確実に受け取って、飲み込んで、血肉にしていく。たしかに自己肯定感のようだ。
私はまだ、この穴をふせげない。今は、この自己肯定感の低さをどうにかこうにか抜け出そうとしている最中だ。
 
抜け出そうと思ったきっかけは、この失恋だった。
彼のことを大好きで大好きで、だけど、私の低すぎる自己肯定感は、彼に一方的で自己犠牲のような尽くし方をしてしまう。次第に関係性はゆがみ、お互いのために別れるしかなかった。
私のさかづきの底の穴は、大きく大きく広がった。破片は拾ったけどどうしていいかわからなかった。とにかくすぐに対処しなければ本格的な修理にも至れなさそうで、このままではもっとダメになる。
 
だから、私は一時的な修理のために瞬間接着剤を使うことにした。
 
どきどきしながらサイトを探し当て、意を決して予約を確定させ、小雨降る夜に新宿のホテルに向かった。そわそわしながら待っていると、「こんばんはー」と来てくれたきれいなお姉さん。私が予約した瞬間接着剤、「レズ風俗」のキャストの方だ。
「めっちゃ緊張してますねー」とにこにことおもてなしをしてくれて、女性のやわらかさとか、言葉の素敵さとか、全力の癒しを受けた。時間が来て、お別れのキスをしてもらってお見送りした。
一人残されたホテルでつぶやいた。
「そうだ、私も素晴らしい」。
だって、あのお姉さんは素敵だった。ベットに腰かけて世間話をした時も、私を楽しませようとしてくれているのが伝わってうれしかった。
クオリティは違うけど、私もあの人と同じものを持っている。私も、私が今感じている幸福感のようなものを誰かに与えられたはずだ。別に、ベットの上の交流だけじゃなくて、それ以外の部分で私が感じた幸福感を誰かに与えられたことがあったはずだ。
「だから、きっと私も素晴らしい」。
一方的にサービスを受け取るだけ受け取ったその数十分が、欠けた私のさかづきの破片を張り合わせて修復してくれた。水漏れだってまだするけど、本格的な修理に踏み出すだけの余力を与えてくれた。
 
レズ風俗じゃなくてもいい。自分を信じられなくなったら、自分が誰かに与えたものに似たものを自分で疑似的に経験してみるといいと思う。ご飯を作ってもらうとか、チケットの予約をしてもらうとかなんでもいい。その時あなたが感じた幸福感をあなたも誰かに与えられているんだ。
 
「そうよ、あんたは素晴らしいのよ」。なんなら今から証明しようか?とりょうこが急に怪しく笑い出す。意味を理解して頬が熱くなる。そういうつもりじゃないから、と私に瞬間接着剤を勧めて来た本人から慌てて目をそらす。こういうところが、りょうこの怖いところだ。もう一度、りょうこが「空吸」に酒を注いでくれる。今度はちゃんと受けとめた。
私はこれからも、自分という「空吸」に何とか「肯定感」という液体注ぎ、きっとまだなじまぬ味に苦労しながらもそっと飲み干していく。いつか楽々となみなみと注いで飲み干せるようになれたらなと、そう思う。
 
 
 
 
***
 
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。 「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
 
http://tenro-in.com/zemi/97290
 

天狼院書店「東京天狼院」 〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F 東京天狼院への行き方詳細はこちら

天狼院書店「福岡天狼院」 〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階

天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN 〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5

【天狼院書店へのお問い合わせ】

【天狼院公式Facebookページ】 天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


2019-09-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事