アリスのウサギ、懐中時計を投げ捨てる
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:緒方愛実:6月開講ライティング・ゼミ平日コース
「急げ、急げ!」
私は、福岡の繁華街、天神の地下街の中を通り過ぎる。
駆け足、とまではいかないが、競歩には近いかもしれない。
社会人になった今でも、私は諸々の事情で実家暮らしだ。
そこがこれまた、田舎なのだ。
自然が多くて静かでいいね、と都会住まいの友人たちは言う。
「都心まで、約1時間、雨が降ると1時間半。往復するだけでも、軽く2時間以上はかかるのに?」
それを言うと、みんな押し黙ってしまう。
田舎人の宿命だ。
ちょっと、本を買いに行く、ふらっと映画に行こう、が気軽に行えない。
なので、外出する時は、持てる時間をフルに、有意義に過ごすと決めている。
出かける前日に、あらかじめ買うものをリストアップ、早朝のバスに乗り込み、昼食はサッと食べてしまう。映画を見ると決めた日は、上映までの時間を逆算して早めに行動。そうやって時間を過ごすのだ。分刻み、とまではいかないが、なかなかなハードスケジュールかもしれない。
目的地までの移動時間も馬鹿にできない。なるべく迅速に、ロスのないように。チラチラと左手に見につけた、腕時計を見ながら。
『不思議の国のアリス』に登場するウサギのように、時間を駆けるのだ。
だが、都会だとそれがなかなかスムーズにはいかない。
溢れかえるように沢山の人が歩いている。特に、土日、祝日にもなると難易度が上がる。のんびり歩く人、ぼんやりとよそ見をして歩く人、蛇行してフラフラと歩く人。
「邪魔だな」
私は、苦々しい顔で思わず呟いてしまう。
スルスルとごった返す人々の間を抜けるのは、まるで障害物競走をしているようだった。
もうちょっと、目的をもって、シャンとみんな歩いてくれたらいいのに。
いつもそう思っていた。
ある日の休日、友人と地下街を歩いていた。
すると、友人の肩と見知らぬ人の肩がぶつかった。
「すみません」
男性は、小声でそう呟くと、足早に去っていった。人々の間を小走りに抜けていく。まるで、いつもの私のようだった。
「何を急いでいるんだろうね?」
「さぁ、待ち合わせに遅れそうなんじゃない?」
友人が、眉を下げてため息をつく。
「あんなに忙しなくして、時間に追われてさ。なんか余裕がなくてかわいそうだよね」
ギクリ、とした。
かわいそう?
いつもの私はかわいそうな人だったのか?
確かに、客観的に見ると、随分余裕がなくて、自分本位で情けない人に見えた。
今まで、のんびり歩いている人々にイラっとしていたけれど。
人混みの中を走る人って、危ないのではないか?
そうか、みんなののんびりとした休日を壊す私の方が、ずっと邪魔だったのか。
友人と久しぶりにゆっくりとした休日を過ごした。カフェでゆっくりと食事をして、たわいないことを話す。移動する時も、急がず慌てず余裕を持って。あっという間に別れの時間になり、次回の約束をして笑顔で別れる。
スケジュールを詰めて走り回ってたくさんの予定をこなすより、そうやって時間を使った方が、何倍も充実していた。なんだか、とっても贅沢な気分だった。
私は、心の中の懐中時計を取り出して見つめた。
もう、これはいらないものだ。
懐中時計を力一杯ぶん投げた。
チャシャ猫が住む森の、うんとうんと奥深く、遠くの方を目掛けて。
今日も私は、地下街にいた。
こなしたい予定はたくさんあったけれど、なんとか分散させて調節し直した。
今度はゆっくり、周りを見ながら歩く。
あ、こんな所に新しいカフェが出来ている。
お気に入りの小説の新刊、もう発売していたんだ。
いけない、ハンドソープを買うのを忘れていた!
時間に余裕を持たせるというだけで、色んな発見がある。
焦らず、ゆっくり、丁寧に。
大切な人といる時間も、さらに大切にするようにした。
そうすると、今まで自分の視野がいかに狭く、心の余裕を見失っていたかが痛いほどわかる。
目の前がクリアに、世界が色鮮やかに見え始めた。気持ちもスっと軽くなった気がした。
あなたの懐中時計はどうだろう?
「急げ急げ、遅刻遅刻!」
忙しなく針を回しながら、あなたをそそのかしてはいないだろうか?
まずは、そっとそいつをポケットの奥に突っ込んで。
時計を見るためにうつむいていた顔を、スッと上げて前を向いてみよう。
そうすると、視界がパッと明るくなって、色んなことに気づく。
あなたの周りには、面白くて、すてきなものであふれている。
それを、無視して走り去るなんて、なんだかもったいないと思いませんか?
もしかしたら、大切なもの、落としてしまってはいませんか?
時間に急かされるより、過ぎる時間を楽しむと、心がずっと満たされるはず。
そこに大切な人がいるなら、なおさら。
休日がもっと楽しくなって、たくさんの大切なものが手に入る。
走り回るウサギより、寄り道して冒険するアリスの方がずっとずっと楽しい。
ワンダーランドの入り口は、あなたのすぐそば、世界中のいたるところで、あなたを待っているのだから。
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