彼女との終わりが教えてくれたこと
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記事:高橋弘旭(ライティング・ゼミ日曜コース)
26歳ぐらいのとき、付き合っていた彼女がいた。彼女は私より5歳年上で、少し小柄で、一緒にいて飽きない人だった。週末はどこかへ出かけたり、部屋で映画を見たりして一緒に過ごした。今思い返すと、絵に描いたような充実した生活だった。
いつか一緒に暮らし、結婚とか、子育てとか、そんな日々を送るのかなぁと、漠然と思っていた。しかしそれは、想像だけにとどまった。だんだんと連絡が少なくなり、次第に、何もなかったかのように、彼女がいなかったときの生活に戻っていった。
彼女との関係は、自然消滅したのだ。
付き合い始めた当初、まさかこんなことになるとは思ってもいなかった。
付き合ってもうすぐ一年になる頃、些細なことで小さい言い争いをしたり、会う予定が急にキャンセルになって少し怒ってしまったり、少しずつすれ違いをするようになった。そして、彼女との距離が開き始めていると、少しずつ感じていた。その距離が大きくなり、自然消滅してしまったのだ。
当時、「連絡してこない相手が悪いのだ」と思っていた。しかし、今、振り返ると、自分にも原因があったと感じている。自分の考え、やり方を彼女に押し付けていたのだ。それはつまり、自分中心に物事を考えていたのだ。会えないとわかると寂しくなり、相手の気持ちも考えず、つい不満をぶつけてしまっていた。きっと、それほどに彼女のことが好きだったのだろう。しかし、相手の気持ちを考えられなかったのは、若気の至りというか、配慮に欠けていたと反省している。
そして何より、自然消滅という、区切りのない終わりを迎えてしまったことを今でも悔やんでいる。相手からでも、自分からでも「別れよう」の一言があれば、今まで続いていた関係に区切りをつけることができた。曖昧な状態で関係が終わってしまったことは、相手にとっても、自分にとってもよくなかった。自分の意志をはっきりさせず、中途半端なままではお互いに、気持ちよく前に進めない。進めたとしても、振り返ってしまい、後悔してしまう。「別れ」という区切りをつけることで、それぞれが前を向き、新たな道を、新鮮な気持ちで歩むことができる。
私はそれを、自然消滅して、しばらくたってから気付いた。
それからは、日ごろの「終わり」のときの立ち振る舞いを意識するようになった。
スターバックスでアイスココアを飲み終わり、お店を出るときは、手持ちのアルコールティッシュでテーブルを拭いてから出るようにしている。トイレの洗面台は、手を洗った後、備え付けのダスターで飛び散った水を拭き取るようにしている。私が「去る」とき、言い換えると、その場での時間を「終える」とき、使った場所をきれいにしてから立ち去るようになった。
これらは、次に使う人が心地よく使えるようにという配慮と、自分が使った場所をきれいにして立ち去りたいという思いからきている。きれいな状態だと、去るときに気持ちがいい。一方、使った場所を汚したまま立ち去る人もいる。例えば、ドリンクバーのドリンクのそそぎこぼしを放置して立ち去るお客さん。「お客」だから意識することはないかもしれないが、「せめてこぼしたところぐらい拭けばいいのに」と内心思っている。
そんな振る舞いをするようになったあるとき、ふっと思い出したことがある。
小学校のころ、授業が終わりに差し掛かり、片付けの時間に「使う前よりきれいな状態にしましょう」と先生が言っていた。社会人になった今、その教えが意味することを、身をもって感じた。この教えを守っている人はどのくらいいるのだろうか。
小学校では、片付けという、授業の終わりに、使った道具や身の回りをきれいにし、きれいな状態で終わりを迎える。そうすることで、次に使う人や、自分がすっきりした気持ちになれる。まさか、小学校のときに習ったことを今になって意識するとは、思ってもいなかった。
私が、スタバの机や洗面台をきれいにして去ったところで、お金になるわけでもなく、誰かから褒められるわけでもない。むしろ、アルコールティッシュやダスターを1枚、時には数枚使うので、(小さいが)出費していることになる。それでもきっと、これからも使った場所をきれいにして去っていくだろう。自分がその場から気持ちよく去れるために。
以前、あるミュージシャンの特集TVで、歌うときは裸足で舞台に上がると聞いたことがある。舞台を汚さないようにするためだ。また、あるタレントの密着取材では、収録が終わり、スタジオを後にするとき、スタジオに「ありがとうございました」と一礼して出ていく姿が映っていた。感謝の気持ちを込めてとのことだ。
きっと、有名なアーティスト、タレントは、引退のとき、清々しい気持ちで去っていくのだと思う。
きっと彼らは、有名になったからそのような振る舞いをし始めたのではなく、有名になる前から、続けていたのだろう。その都度の「終わり」をきれいにしていたことで、結果、有名になったのだと思う。そんな人たちは、引退するときもきっと、きれいな気持ちでいさぎよくその世界から去ることができるのだろう。
わたしにもいつか、様々なことを引退する日がくるだろう。仕事、趣味、そして人生を引退する日。その日に、曇りなく、透き通った気持ちで終われるよう、日々の小さな「終わり」を大切にしたい。
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