努力の先の自信、そして優しさ
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記事:西田 千佳(ライティング・ゼミ 日曜コース)
「またこっち見てる!」
ふくれっ面をしながら、私は心の中で叫んだ。
幼かった頃、すれ違う人の視線がとても気になった。でも、彼らは私を見ていない。
その時、私の隣には祖父がいた。皆、祖父を見ていた。
細身で長身、姿勢が良かった。人混みの中だと目を引く感じだった。
ただ、歩き方が他の人と違っていた。
右足を一歩前に出し、左足は右足に添えるように歩いていた。引き摺るのとは少し違っていた。イメージとしては、階段を一段ずつ上るように、前に進んでいた。
祖父は、腰と左膝が曲がらなかったのだ。
第二次世界大戦中、召集後の訓練中に身体を壊し、祖父は家に戻ってきた。その後、大病をして入退院を繰り返したが、命の危険は乗り越えた。だが、腰と左膝が曲がらなくなった。
その状況に絶望していたら、寝たきりの人生だったかもしれない。普通に生活を送れるようになるまでは、想像もつかないくらい努力を重ねたのだろう。
そのためか、家では戦争の話はタブーな感じだった。何となく暗黙の了解だった。
私は、ずっと祖父が障害者だとは知らなかった。
両親も祖母も伯母も、私の周りの人は誰も教えてくれなかった。というより、誰も祖父を障害者と意識していなかった。
お風呂もトイレも全く介助は必要なく、全部一人でやっていた。
できなかったのは、座ること。祖父の生活は、立つ、歩く、横になることで成り立っていた。
家族の食事は祖父も一緒。家族全員の椅子があった。
祖父の椅子だけ、バーカウンターにあるような脚の長いものだった。祖父はその椅子に寄りかかって食卓を囲んだ。
祖父は食卓では『座って』いた。家では、ごく普通のことだった。
天気が良い日、祖父はよく近所を散歩した。歩かないと筋肉が弱って歩けなくなるからだ。
雨の日は、家の廊下を行き来していた。廊下には滑らないように固めのマットを敷き詰めてあったが、真ん中あたりだけ薄くなっていた。祖父の努力の跡だ。
「おーい、靴下履かせてくれ」
その声を聞いて、私は祖父の傍に行った。祖父は右の靴下だけ履いたまま廊下で立っていた。
右の靴下は、いつも祖父が一人で履いていた。
私は祖父が左足を浮かせたところに、左の靴下をスルッと履かせた。
左足が靴下に収まると、祖父は私の頭を軽くポンポンと叩いてくれた。このご褒美をもらうのが嬉しかった。
祖父と出掛けるのが好きだった。
いつも祖父と並んで歩いた。歩く早さは私より少しだけ早かった。
祖父と歩くのが嬉しくて、私は一生懸命ついていった。
ずっと周りは気にならなかった。
いつだったか、祖父と歩いていた時、人の視線を感じた。私たちの方に向かって歩いてくる人のものだった。
ずっとこっちを見ていた。でも、私には向いていなかった。
その視線は、すれ違ってからも続いた。私は振り返って、その目を見た。
すると、その目は違う方を向いた。訳がわからなかった。
その日から、すれ違う人を気にするようになった。
祖父と話ながらだと気づかないことが多かったが、視線に気づいたとき、私は相手を睨み付けることもあった。何とかして祖父を守りたかった。
「おじいちゃんはおかしくないもん!」私は心の中で叫んだ。
すれ違った後、こっそり祖父を見上げた。祖父の顔はいつもと変わらなかった。堂々として見えた。
気づいていないのかと思った。少しホッとした。
しばらくそんなことが続いた。
毎回「おじいちゃん、気づかないで!」と願っていた。
でも、いつ見上げても、祖父は堂々として見えた。
ある日、またすれ違う人がこっちを見ていた。
私は、相手を睨み付けた。
その後、祖父を見上げた。その日は祖父と目が合った。心臓が止まりそうだった。
だが、祖父は微笑んで、黙って首を横に降った。そして、また真っ直ぐ前を見た。
やっとわかった。祖父の姿を気にしていたのは、私の方だった。
何てひどいことを思っていたんだろう。心が痛くなった。
「おじいちゃん、ごめんなさい」
隣にいた祖父に、小さな声で謝った。
祖父が堂々としていられたのは、計り知れない努力があったからだろう。
衰えないように続けてきたからだろう。
祖父の姿は自信に満ち溢れていた。だから、人の目を気にする必要は全くなかった。
その努力も、自分のためだけでなく、家族のためでもあったのだろう。
祖父の優しさだった。だから、私に向かって微笑んだのだ。
そのことを理解できた時、祖父の凄さを知った。
もうすぐ、祖父の二十七回忌の法要を迎える。
これだけ経っても、祖父の記憶は鮮明に残っている。
何度か祖父みたく努力をしてみたが、全くダメだった。
でも、この先も努力は続けたい。少しでも自慢の祖父に近づけるのなら。
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