彼女の言葉はシャボン玉
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記事:和田凪(ライティング・ゼミ秋の集中コース)
わが家には、3歳半になる娘がいる。
私と娘は、保育園の帰りに一緒にスーパーで買い物をするのが日課だ。
ある日、買い物を終えた私は、レジ袋の中からとうもろこしを1本とりだして娘に渡し、こう言った。
「ママさ、とっても荷物が重いから、持ってくれる?」
娘には、お手伝いと称してなるべく食材に触れさせるようにしている。触れることで食材に愛着がわき、普段あまり食べない野菜でもモリモリ食べてくれるからだ。この日は、それがたまたまとうもろこしだった。
娘は既に、長ネギを2本持っていた。長ネギはお気に入りで、レジを出た時から大事に抱えていた。太めの長ネギ2本ととうもろこし1本。あわせて700グラムくらい? 3歳児には少しヘビーだろうか。
「ちょっと重いけど、本当に大丈夫?」
私は娘の顔をのぞきこんで聞いてみた。
すると娘から「うん! ニンニクがあるからだいじょうぶ!」という返事が返ってきた。
え? ニンニク? 今日はニンニクは買ってないと思うけどなぁ。私は一瞬首をかしげた。
娘はもう一度言った。
「ニンニクとホネがあるからだいじょうぶ!」
両手を高くあげて、ぐっとこぶしを握り、ポーズをとっている。
そして彼女の表情は、溌剌としている。
そこでようやく、娘の言う“ニンニク”が“筋肉”であることに気づいた。どうやら「筋肉と骨があるから大丈夫!」と言いたかったようだ。理解した瞬間、私はスーパーの店先で「アハハハハ!」と声をあげて笑った。
なんて愛おしい言い間違いだろう。
私は、こうした娘の言い間違いを聞くのが大大大好物なのだ。
たぶん、たいていの親がそうであるのと同じように。
思えば娘の言い間違いは、1歳をすぎて、「あー」とか「うー」とか「まんま」みたいな喃語(なんご)を卒業しはじめる頃から始まった。
駄菓子の「きな粉棒」(きな粉を棒状に固めた昔懐かしい菓子)にはまった娘。「きなこ」が言えずに、しきりに「きーかこ」と呼んでいた。お腹が減るたびに「きーかこ、きーかこ」と呪文のように要求してくる。どうやら、「な行」は難易度が高いらしい。
2歳で親戚が住んでいるマレーシアへ旅行に行った時も、娘はずっと「マレーシア」のことを「マルセイヤ」と言っていた。そんな国はないと思いながらも、まるで子供だけがいけるおとぎの国か何かのようで、ちょっと面白かった。
少し前まで「ピクニック」のことを「ピクピク」とも言っていた。撥音が抜けて、「ピク」を繰り返すことで、もはや擬態語のようになってしまっている。わが家は週末公園でピクニックをするのが定番なのだが、「ねーねー、ピクピクしよう!」と娘に誘われる度に、とても愉快な気分になったものだ。
そして、最近の娘のヒット作が「だいすきらい」である。
「ママなんて、だいすきらい!」
好きなのか、嫌いなのか。どっちなのか、娘よ。
文脈からすると「大っ嫌い」なのであろうが、言い間違いによってだいぶ意味がやわらいでいる。ほんのり「大好き」と言われているような感覚が混じり、言われたこちらとしては、照れくさいような、いい気分すらする。この「だいすきらい」、だいたい娘のわがままを叱った後に飛び出してくるのだが、そのおかげで、私の怒りモードもすっかり収まるのである。なんと有り難い言い間違いか。いっそ「大嫌い」の代わりに、日本語として辞書に登録することをおすすめしたい。日本が今よりちょっぴり平和になるはずだ。
一体なぜ、子どもの言い間違いはこれほど愛おしく感じられるのか。それは、単に親バカだからとか、面白いからというだけではないと思う。きっと、いつかは消えてしまう“儚さ”が理由ではないだろうか。
『ちいさい言語学者の冒険 子どもに学ぶことばの秘密』の著者である、東京大学教授の広瀬友紀氏によると、子どもは自分の中で言語の規則を組み立てている段階であり、「親が訂正しなくてもいつかは規則が完成する」のだという。言い間違いは、1歳半から6歳くらいの間にだけ見られる現象なのだそうだ。
子どもはぐんぐん成長していき、常に変化している。言い間違いをしながら、自分の国の言葉をつかみとっていく。そして、やがては自らの言い間違いを訂正する日が来るのだ。言い間違いを聞くことは、その子の「今この瞬間」の貴重な姿、刹那をとらえたような気がするから愛おしいのではないだろうか。
子どもの言い間違いは、まるでシャボン玉のようなものだ。見る人(聞く人)をほっこり愉快な気分にさせ、そしてすぐに消えていく。儚く、愛すべきもの。だから私は、子どもの言い間違いをあえて訂正しない。そっとしておくことに決めている。
今日も娘が、「ママ、にんじゃ行こう!」と誘ってくる。
私は「そうね、行こう行こう!」と答える。
どうやら、近所の“神社”に遊びに行きたいようだ。
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