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神様がお客様だった日のこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:射手座右聴き(ライティング・ゼミ 秋の集中コース)
 
 
「すみません。新人なので道がわかりません」
タクシーに乗ろうとしたら、新人の運転手さんだった。
そんな経験はないでしょうか。
 
 
「なんで急いでいるのに、道を説明しなければならないのか」
「道を説明してるのに、料金同じなのか」
「いや、そもそも、プロなのに、新人と平気で言うのはどうなんだろう」
 
 
こんなツッコミを入れたくなること、ありませんか。
 
 
かつては、私もそんな感じでした。
「得意先の前に出たら、仕事は仕事。プロとして言い訳せずに対応しなさい」
と言われたものです。
「何を聞かれても答えられるように、日々勉強しなければいけない。それがプロだ」
みなさんも言われたことありませんか?
 
 
なのに、タクシーときたら、「新人なので道がわかりません」
と平気で言います。
 
 
「休みの日も、道を覚える努力とかしないんですか。そういうのがプロってもんじゃないんですか。いつまで新人だって言うつもりなんですか」
 
 
思わず、そんな風に言ってしまったこともありました。
 
 
しかし、いくつかの事件をきっかけに、私は変わりました。
 
 
ひとつめは、タクシーでクレームを言ったら、全然違うところに連れて行かれた経験です。運転手さんが、怒られたことに動揺し、高速の入り口を2回も間違えたのでした。事故でも起こすんじゃないか。気が気でなかったドライブの後、「もうタクシーが道を間違えても、二度と怒るまい」と固く決心しました。
 
 
次は、車内にケータイを忘れたときでした。車を降りて、途方にくれていた僕のところに、タクシーが戻ってきてくれたのです。思いました。
「降りる時、必ずありがとう、を言おう。シートにケータイを落としていないか、どんなに酔っていても確認しよう」
決心しました。
 
 
「降りる時、必ずありがとう、を言おう。シートにケータイを落としていないか、どんなに酔っていても確認しよう」
決心しました。
 
 

3つめの経験は、タクシーだけでなく、お客としての考え方を根底から覆されるような出来事でした。
 
 
それは、私の飲食スタッフとしてのデビュー戦ででした。
いままでの人生で経験したこともないのに、突然、ランチのお手伝いをすることになったのです。都内でも有数のオフィス街にある、イタリアンのお店。その店主さんから連絡をいただいたのは、前日の夜のことでした。私が登録している、おっさんレンタルのサイトを通じて、のことでした。1時間1000円で自分を貸し出すというサービスなのですが、急に人手がたりなくなり、申し込んでくれたのです。メールには、こうありました。
 
 
「常勤のスタッフが急遽、実家に戻らなければならず、ランチの手伝いをお願いできませんか」
「私、飲食未経験ですが、大丈夫ですか」と聞いてみると、
「初心者でもできそうなところをやってもらいます」と返ってきました。
 
 
白いシャツに黒いズボンを履いて、お店に行きました。
仕事内容は、簡単に見えました。
「お客さんが来たら、お盆にサラダとデザートを並べてください。
メインディッシュができるのを待って、パンもしくは、ごはんを盛りつけ
スープを入れる。それだけです」
 
 
店主は、笑顔で言いました。
 
 

なるほど。この繰り返しなら、できそうだ。
そう思っていたのは、11時55分まででした。
 
 
11時59分。一人目のお客さまがきました。
12時1分。2人組のお客さま。
 
 
お盆にサラダとデザートを並べました。
メインディッシュに、ごはんを盛りつけました。
スープを入れようとした、その時です。
 
 
店主の声がしました。
「ごはん、多すぎ! それじゃ足りなくなるよ」
「あ、すみません」
 
 
と言い終わったか、終わらないかのうちに、登場したのは
6人組の予約客でした。
お盆を並べようにも、前のお客さんのメインディッシュが出来上がっています。先にそっちか。いや、お盆か。悩む間もなく、ごはんを盛りつけ、スープを入れていると、店主の声がさらにきつくなります。
 
 
「お盆も忘れずにやってくださいね」
わかってるけど、そんなに動けないよ。でもここは、「はい」と返事をします。
 
 
その間にも、お客さんが。3人組。1人。1人。2人。
Aランチ2人。両方ライス。Bランチ3人、パンとライス小盛。Cはパスタなので、パンもライスもなし。2人前。
 
 
もうとにかく目についたところから、やるしかありません。
やっと並べ終わった。と思った瞬間のことでした。
どん。と音がして、食べ終わったお盆が返ってきたのです。
サーブするスタッフが言います。
「食洗機に入れてください。ゴミは分別して」
いや、聞いてないし。見よう見まねでやると
「おしぼりのビニールは燃えないゴミに入れて」
当然注意されます。
 
 
まだまだお客さんは入ってきます。並べて、捨てて。並べて、捨てて。
並べて。捨てて。捨てて。捨てて。あれ? 気づくと
ぴたっとお客さんが止まっていました。
 
 
13時5分。ランチの戦場は休戦に入ったのでした。
 
 
この日最後のお客さんは、50代後半のメガネをかけた穏やかな常連風の女性。
「今日は人が少なくて、大変そうね。おつかれさま」
と店主に声をかけていました。
 
 
店主が作ってくれた、まかないパスタを食べながら、
さきほどの女性の言葉がしみました。飲食では新人の私ですが、
あの忙しさを目の当たりにして、しみました。
 
 
いままで、行き届かないサービスに、正論を言っていた自分が情けなく思えてきたのです。女性の穏やかな言葉には、正論とは違った暖かい気持ちがありました。
 
 
お客様は神様、じゃなくて、神様がお客様、に見えたのです。
大げさかもしれませんが、新人の私にはそう見えました。
「なんて世間知らずな人だ」と飲食経験者の方は思われるでしょう。
でも、そう感じてしまったのです。
きつく言われてばかりだった1時間の終わりに、あの一言が刺さったのです。
 
 
次の日から、タクシーの乗り方が変わりました。
「すみません。新人なんで道わからないんですが」
「ご安心ください。丁寧に説明しますよ。私、神客なんで」
「な、なんすか、神客って。あはは」
 
 
自分で言うと、笑いがとれます。みなさまもぜひ。
 
 
あ、「たまには、歩けよ」というツッコミは、
読者の神様たち、お許しください。

 
 
 
 
***
 
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2019-10-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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