メディアグランプリ

絶品のつくねは、ダメンズの味がした


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:射手座右聴き(ライティング・ゼミ秋の集中コース)
 
 
「二度と来るもんか」
怒りに震えながら、店を出た。
 
 
誰かに語りたかった。聞いて欲しかった。
いかにひどい焼き鳥屋か。いかに最悪だったか。
 
 
それはまるで、彼氏の態度を愚痴りたいときの
女友達のような感じだった。
 
 
店に入った時から、悲劇は始まった。
「一人っすか? じゃあ、詰めてもらうんでカウンター座ってください」
スキンヘッドの男性とドレッドの女性のカップルがこちらを一瞥してから、
スペースを作ってくれる。
もうすでに萎縮してしまう。
「飲み物、どっしゃすか?」
舌足らずというか、雑というか、そんな感じで話しかけてくる。
「あい、なービールいっちょ」
なービールってなんだよ。なまびーる、だよ。
 
 
今日も、まだまだひどい接客を受けそうだ。
 
 
予感は的中する。
ぽたん。ももに冷たいものを感じたあと、ドンと生ビールがおかれた。
「あい。あーたせした」
お待たせしました、が雑なことの前に、事件は起きている。
水びたしのジョッキの底から、ズボンに雫が落ちたのだ。
謝りもしない。置くだけ。
「今日、忙しいんで、串は早めにおねがいしゃすねー」
なんだその、御都合主義。
 
 

あー、ダメだ。気分が悪くなる前に帰ろう。
お会計をする。
「2100円ですー」
財布からお金をだす。
すると、
「あ、間違ってました。2540円だ。さーせん。あはは」
にやついた店員が言う。
思わず言った。
「最低の店ですね。態度最悪なだけじゃなくて、
会計も間違えるとか、やばくない? もう二度とこないから」
言い捨てて、店を出る。
「あーっした」店員はヘラヘラしている。
 
 
むかむかするから、近所の店で飲み直す。
「あそこの焼き鳥屋で飲んでたんですけど。ズボンに水かけられるわ、会計間違えられるわ。それでもヘラヘラしてて、めっちゃむかつきました」
クダをまく。
 
 

しかし、数週間後、また行ってしまうのだ。
読者のみなさんは、想像がつくだろう。
そう。串が美味しいのだ。残念なことに、美味しいのだ。
腹が立つことに美味しいのだ。
 
 
美味しい店は、接客も美しくあってほしい。
 
 
が、しかし、この焼き鳥屋はひどい。
あからさまに店の都合で客を動かそうとするホスピタリティのない接客態度。
いい加減な会計。
 
 

とはいえ、串だけは、美味しいのだ。
 
 
熱すぎず、だがしっかりと焼きあがった鶏皮。
やや柔らかいが、べたつかない。
ハツは、少しコリっとした歯ごたえだが、噛んでみたらふわっとしている。
甘みのない塩が潔い。
レバーはタレがしっかりとしている。くさみがないわけではないが、タレでおしきるような味だ。
さっぱりとした正肉。これも塩が潔い。
 
 
そして、ピーマンつくねだ。
ピーマンがふたつ串にささり、その下に、小さなハンバーグくらいのつくねがどーんとある。
まず、ピーマンを外し、皿に置く。
 
 
小皿の卵を溶いて、つくねに、卵をかける。
つくねをカットし、ピーマンの空洞につくねを落とす。
これがなかなかの味。ピーマンのシャキシャキ感とつくねのとろみがいいバランスだ。つくねのとろみだけではない。その中にチーズ。味に味が重なる贅沢な食感と味覚。記憶に残る一品だ。
 
 
美味しい、でも、腹が立つ。相変わらずの接客だった。食べ始めて、30分。いきなり席を移動させられた。もちろん、ドリンクも皿も自分で持って移動だ。
隣のカップルも移動させられ、真ん中に4つの席ができた。
なんで?
と思っていると、空いた席に、4人のお客が入ってきた。いや、たしかに、入れるようになったからいいんだけど、狭くもない店で、移動させるか普通。
まるで、自分らの都合だけだ。と思って興ざめした瞬間に、
美味しい串がくる。
ムッとした私の横で、妻が笑顔で食べている。
30年近く焼き鳥が苦手だった妻が
「あそこの焼き鳥なら、食べられる」と言い出して
ばくばく食べるのだ。
 
 
もうわからなくなってきた。いままで私は、サービスも味のうちだと
考えていた。サービスとは丁寧なサービスだけではない。
頑固おやじのぶっきらぼうな接客もサービスだと思う。
しかし、この店は、論外だ。態度が悪いのだ。不快にさせるのだ。
 
 
それなのに、それなのに、美味しいのだ。
行きたくないのに、嫌な思いをするのは、わかっているのに、
行ってしまうのだ。
 
 
これは何かに似てるな。と思った。そうだ。ダメンズだ。
ひどいことをされているのに、別れられない。
お金をたかる。雑に扱う。乱暴に接する。
毎回会うたび、なんでこんな男と。と思うに違いない。
 
 

でも、キスだけはうまい。
離れられないほど、うまい。
怒った後に、頭をぽんぽんする感じが絶妙に優しい。
そんな感じに似ているのではないか。この店は。
 
 
パチンコに行く、と言って金の無心をした日の夕方
二人で食べるコロッケを買ってくるような、アメとムチの二重奏に近いのか。
 
 
ごめん、俺には何もわかっていなかった。
愚痴った女友だちに謝らなければいけない。
人間は嫌だと思っても
追いかけてしまうことがあるんだね。
 
 
口では「ひどい男」と言っていても
「あ、この人が好き」と思う何かに惹かれているんだね。
 
 
その上で、聞いて欲しいのかもしれないね。
 
 
ピーマンつくねは、ダメンズの味。
 
 

「もう、二度と来るか」と思いながら、店をでる。
また来てしまうとわかっていながら。
 
 
ああ、本当に腹がたつほど、美味しい。
いや、美味しいから、もっと腹が立つ。

 
 
 
 
***
 
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2019-10-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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