はぐれメタルは今日もみじん切り
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記事:エトミワ(ライティング・ゼミ平日コース)
最近『ドラクエウォーク』が楽しい。もともとゲーム自体ほとんど経験がなく、興味も薄かったのだが、たいした運動もせず完全に体がなまってしまい、あからさまにぶくぶく太り始めた私をみかねて、心配したゲーム好きの弟から「ドラクエウォークでもやってみたら?」と言われたのがきっかけだ。
『ドラクエウォーク』とは、スマートフォン向けの位置情報ゲーム。一時期大流行した『ポケモンGO』と同じように、プレーヤーが主人公となり、実際の地図を見ながら歩いて、出てきたモンスターを次々と倒していくものだ。距離によってレベルアップできるので、気づいたらどんどん“歩けちゃう”のが嬉しい。最初に始めたときは、近所のコメダ珈琲やコンビニまでの1㎞に、おなじみのスライムなどのモンスターが次々と登場し、いつもの風景が「冒険」の場になったことに感動した。
まだ初めて1か月ちょっとなのだけれど、毎日30分、だいたい3,000歩ほどやっているだけでも、装備やレベルがだんだん上がってくる。そして先日ついに、私は初めてあるモンスターに遭遇した。それは、なかなか出会えないという意味でレアモンスターと言われているものの一つ、「はぐれメタル」だ。
はぐれメタルは、スライムが溶けてでろっと広がったような形状をした鉛色のモンスター。ちょっとじたばたしている表情で、強そうな様子はあまりない。‟はぐれ”とついているだけあって逃げ足が速いのが特徴だ。
このレアな「はぐれメタル」に遭遇し、喜びいさんで草ぼうぼうの道端によけてプレイをしていたとき、ふと「レアといえば……」ともう一つのはぐれキャラが頭をかすめた。
それは現在、理由あって「家事手伝い」という職業の、私自身である。
「家事手伝い」といっても、最近流行りの、冷蔵庫の残り物でフレンチ7品作っちゃうような「家事代行」をしているわけではない。あくまで自分と実家の家族のために、掃除やら洗濯やら料理やら祖母の施設や病院にちょくちょく顔だすなどの手伝いが私の仕事だ。給料はもちろん無い。
無論、テレビ番組などでごくたまに登場する「職業・家事手伝い」なセレブお嬢さんでもない。つまり、控えめにいってもかなり“いい年こいた”女性が、実家で家事や家族のケアをひたすらやっているのだと思っていただきたい。
もちろん、もともとは10年以上会社勤めした普通のサラリーマンなので、そういう状況を選択した背景には、人並みの苦悩とか凡庸な挫折とか、わりとシリアスな事情もあったりするのだけれど。
あるとき、「最近どうしてんの?」と友人にLINEで聞かれ、「じつはね……」とこの状況を打ち明けた時「そういうの、ホントにいるんだ!」とすごく驚かれた。初めて会う人にもわりと「きょとん」な顔をされる。私はずっと会社員で普通の属性だったのに、いつの間にか、レアなケースになっていた。そして、世間からみれば少し「はぐれて」しまっているのだった。
この生活をして半年ちかく。家事をしていると、時間は口の中に放りこんだスフレチーズのようにしゅわっとすぐに溶けて無くなってしまうことを知ったのはこの半年のこと。玉ねぎのみじん切りで涙をこぼさないためには早く切るのが鉄則で、祖母の施設に行けば、介護職員さんはレスラーばりの体力とシスターのような慈悲の心で老いた人々と日々奮闘しているし、病院では平日にもかかわらず「本日の入院患者○○〇名」と毎日3桁の数字が律儀に更新されていて、唖然とした。
これまで会社と家の往復だけで、料理もほとんどしなかった私が知りえなかった、そして知ろうとしなかった世の中のことを、この半年はさまざまに教えてくれている。
先日も、ぼーっと歩いて(ドラクエはしていない)横断歩道で車に軽くはねられてしまった私に、相手の保険会社の人は「会社員と家事手伝いでは保障の基準が違うんです」とわざわざ説明してくれた。最終的にもらった慰謝料も、仕事をしているのとそうでない人では全然違っていた。「痛かったのはきっと一緒なんだけどな」と思いつつ、世間はそういうものなのだと思った。いわゆる会社から少しはぐれてしまった人間に、世間はちょっと冷たいのだ。
夕方、食事の支度が済んで、家族とあらかた食べ終わると、私はゆっくりシューズを履き、外にでる。九州の夕焼けは美しい。ドラクエウォークが今日も、高らかなあのテーマ曲ともにスタートする。散歩の時間が、こまごまとした用事で絡まった頭をほぐしてくれる。
こないだ初めて出会った「はぐれメタル」は、弱そうな見た目だったけれど、実は意外にも手ごわかった。逃げ足も速いし、会心の一撃を与えない限り、倒すことは難しいのだ。
私も、なるだけタフでありたいと思う。鉛色でべちゃっとして冷汗みたいなのを常にかいたあのモンスターだって、はぐれて、別の世界を知って鋼のような強さを手に入れたのかもしれない。私もはぐれている今、違うタフさを手に入れようとしているんだ、そんなことをぼんやり考えながら、またいつもの川沿いを歩きはじめる。
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