メディアグランプリ

ジョーカーのち、銭湯でヤクザ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:水野雅浩(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「これは、きついな……」
 
福岡は中洲のど真ん中、複合エンターテイメント施設キャナルシティで、映画「ジョーカー」を観た。バッドマンシリーズのダークヒーロー「ジョーカー」がどのような過程で誕生したのかを描いた映画だ。
 
いじめ、パワハラ、介護、障害、貧困、出生……。
個人の力ではどうにもならない問題が重層的に襲いかかると、人はかくも簡単にダークサイドに落ちる可能性があるし、きっと今の社会もあっさりとスラムと暴動が溢れる街になるのだろうな、とも思った。
 
鉛を飲み込んだような気分なのに、外に出ると日はまだ高く、爽やかな明るさに満ちていた。しかし、映画のテーマが重すぎて、このまま日常生活に戻るのがキツかった。
 
「リセットしないと……」
 
外気に触れたくて10分程フラフラ街中を歩いていると、銭湯の看板が目に入ってきた。
サウナの文字も見える。
 
商業施設から数分歩くと、下町が広がっていて、商売人たちが入りに来る銭湯が残っている。
これが博多の魅力の一つだ。
 
熱い湯に浸かり、熱い熱気で一気に汗を流して心身を清めよう。
 
銭湯の名前は鶴亀湯。
縮こまった寿命も、もとに戻りそうだ。
 
紺色の布に鮮やかな赤で「ゆ」と書かれたのれんをくぐった。番頭には、置物のようなおばあちゃんが、ちょこんと座っていた。銭湯+サウナ+タオルで600円。安い。
 
体を流し、ザブンと湯に浸かった。
命が洗われるとはこのことだ。
 
目を閉じると、毛穴が開き、じんわりと汗が出てきた。
よくぞ日本に生まれけり。
 
少し前まで、どす黒く冷たい手で、心臓を鷲掴みにされるような映画を見ていたのに、今は、体のあらゆる部位がゆるんでいく。我ながらよい選択をしたものだ。
 
しばらくすると、私と同世代の40半ばの男性が3人はいってきた。
同時に、毛穴が、キュッと締まった。
 
佐々木蔵之介に似た細身の男は、左腕から背中にかけて、昇り鯉に桜吹雪。
山田 孝之似の男は、左腕から背中にかけてアステカの太陽。
リーチ・マイケルに似た男は若頭だろうか、背中から足首まで、毘沙門天と観音様。
 
ダイバーシティ。
博多は寛容だ。
 
とはいえ、「今日、このタイミングじゃなくても……」という思いもある。見た目で判断するのは良くないが、絡まれてはかなわない。リフレッシュしかけていた心に、また暗雲が立ち込めてきた。しかし、私は5分しか入っていない。このまま風呂を出るのもしゃくだ。
 
湯船から、サウナへ。
私は主戦場を変えた。
 
下町の銭湯に備え付いているサウナだ、狭い。
しかし、これもまた、よし。
 
砂時計をひっくり返し、ヒーター近くの上段に座った。
私は熱いのが好きなのだ。
 
しばらくすると、熱気に覆われるような感覚に襲われる。
「来た、来た……。 これはサウナしか味わえないんだよなー」
目を閉じてサウナの魅力を堪能する。
 
サウナの魅力は一種、瞑想状態になれることだ。
日常生活の良いことも悪いことも、ここには、ない。
無の境地といってもいい。
 
「はい、ごめんなさいよ」
静寂から現世に引き戻される。
 
アステカの太陽を背負った山田孝之似の男がサウナに入ってきた。
片手には漫画「ミナミの帝王 ~大阪ミナミ銭地獄伝説~」。
ただでさえ狭いのに、なぜか、私の横に座った。
 
そりゃないぜ……。
 
別の汗が出てくる。
出づらい。
でも、耐えられない。
 
「お先に失礼します!」と手刀を切り、前を失礼する。
 
冷水にドボンと浸かり、過度に温まった心身をクールダウンする。
水と一体化するような感覚が何とも言えない。
解脱してしまいそうだ。
 
しばらく、冷水の中でぼーっとしていたが、ふと湯船を見ると、昇り鯉を背負った佐々木蔵之介がまだ湯に浸かっていた。さすがに10分以上も銭湯のお湯に浸かっていては脱水になってしまう。大丈夫だろうか。目を凝らしてみると、鼻がかろうじて外に出ている程度。口は完全に浸かっていた。
 
これはいくら何でもまずい。
 
意を決し、体を洗っていた毘沙門天リーチ・マイケルに声をかける。
「お連れ様が、おぼれそうです。大丈夫でしょうか?」
 
「おい! 寝るなって!!」
リーチ・マイケルがジャッカルで湯船から佐々木蔵之介を引き起こす。
昇り鯉と桜吹雪が真っ赤になっていた。
 
完全に、のぼせている。
 
結局、毘沙門天リーチ・マイケル、アステカ男山田孝之が両脇に抱えて昇り鯉・佐々木蔵之介を外に連れ出すことに。リクライニングシートで冷水を浸した濡れタオルをあてがい、水分を飲ませた。
 
「大事になるところでした。ありがとうございます」
毘沙門天がお礼にと、コーヒー牛乳をおごってくれた。
 
そのお礼の丁寧さと物腰の柔らかさは、私が勝手に作っていた虚像とは全く別の紳士的なものであった。コーヒー牛乳のお礼を言って、銭湯を出ると空がオレンジに染まりかけていた。
 
確かに社会のひずみの中には、どうにもならないこともたくさんある。ほんの小さなきっかけの連続で、自分の意志とは裏腹に、不本意な方に転がっていってしまう事がある。それも紛れもない現実だ。
 
しかし、ほんの少し日常の行動を変えれば全く別世界が広がっているかもしれない。その別世界も初めはおっかなびっくりだろうが、触れてみることで意外な側面が見えてくるかもしれない。世の中を変えるヒントは、社会システムではなく個々人がとる「いつもと違う行動」にきっかけがあるのかもしれない。そんなことを、思った。
 
家路に向かう中で銭湯での出来事を回想していたら、すっかりジョーカーはいなくなっていた。
 
 
 
 
***
 
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2019-11-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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