メディアグランプリ

貼るだけのピアスが受け入れられる時代


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:近藤美里(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
こんなにワクワクする買い物をしたのは久しぶりかもしれない。
出会いは偶然。幼稚園のお迎えまでの、束の間の自由な時間。
 
キッチンの備品を新調しようと立ち寄った、行き慣れたいつもの駅ビルで、私は“彼女”と出会ったのだ。彼女の名は「貼るピアス」医療用の粘着テープを利用して、耳たぶに貼り付けるピアス風のアクセサリーだ。
 
従来のピアスやイヤリングは、顔周りを華やかにしてくれる、装飾効果の高いアクセサリーだと思うのだが、耳たぶが痛くなるのを我慢して身につけるものでもあった。
 
だから、彼女と出会った時、「女性がお洒落のために我慢をしなくて良い時代」の到来に、ものすごく胸が高鳴った。
 
思い返せば10年程前、大学時代にピアスホールを開けた。
穴をあける瞬間の痛みは、ビビりな私が想像していた程ではなかったけれど、問題なのは、その後だ。
 
ホールが完成するまでの、単なる傷口でしかない時期のヒリヒリ感。
 
少し斜めにあいてしまったホールにピアスの軸を通す時、挿し込む角度を誤ってホールの内側の薄い皮膚を傷つけてしまうこともよくあった。
 
そしてピアスキャッチャーと呼ばれるピアスを留める金具の圧迫感も苦手だったし、縦長のシルエットが華やかな「揺れるタイプのピアス」のチャームが揺れる度に耳たぶが引っ張られる感じがとても苦手だった。
 
妊娠を機にピアスをしなくなるまでの数年間、ずっと痛みを抱えていたのにも関わらず、誰に強制されるでもなく、ピアスを身につける選択をしていたのだから、当時の私はそうまでもしても、ピアスをすることで満たされる欲求を手に入れたかったのだろう。
 
では、何を手に入れようとしていたのか? 結婚して、子どもが生まれ、叶えたい夢や打ち込みたい仕事を見つけた、今の私からしたら自分でも呆れるような部分もあるが、笑わないで聞いてほしい。
 
まずは、自分を表現したい欲求。「自分の顔立ちを引き立てる」でも「洋服とのコーディネートがピッタリ」でも何でもいい。自分が良いと思ったことを、実行するのが楽しかった。
 
次に思い当たるのは承認欲求。友達に「それ可愛いね!似合ってる!」と褒められたい気持ちは隠せない。その証拠にピアスを新調するのは、いつも、誰かと出掛ける約束をしたり、人が集まる場にいく予定が入った時ばかりだった。
 
そして、さらに白状すると、“モテたい”も大きな原動力であった。異性の目を引こうとする欲求は、子孫を残そうとする動物の本能として、きっとプログラムされている。それくらい理由なく、モテたいと思っていた。
 
これらの欲求を満たす手段として、ピアスを選んだ理由など、これまで考えたこともなかったが、テレビや雑誌が作り出した流行だったり、なんとなく同世代で共有されている感覚だったりが、そうさせたのだろうと推測する。
 
そして、こうして振り返ってみると10年前のあの頃は「ピアスはお洒落」という感覚だけでなく、痛いのを我慢してでも、美しくいる努力をする気合いが賞賛される風潮があった。
 
今では、気配りができるなど、別のニュアンスで使わている印象がある「女子力」という言葉も、10年前は、そうした気合いのことを指していた。真冬の寒空の下でもニットのノースリーブにコートを羽織るようなスタイルが流行っていたは、たしか、あの頃だったはずだ。
 
そんな時代に、「痛くない貼るピアス」が登場したとする。
「ピアスホールもあけられないなんて、ダッサーイ!」と見られかねないアイテムに、誰も見向きもしなかっただろう。
 
そんな事を思ったら、「痛くない貼るピアス」が堂々と店頭に並べられ、たくさんの人の手に取られているという、それだけのことが、「我慢をするのがカッコイイ」の時代から「心地よさも可愛いも諦めない」の時代になった象徴のように思えてきて、肩の荷が降りたような、ホッとした気持ちになった。
 
我慢強くて、ちょっぴり欲張りな女性たちは、手に入れたい未来をセットしたら、身体に負担を掛けてでも、頑張ってしまう傾向がある。我慢強い女性たちの選択肢を増やす、ピアスを「貼る」というアイディアに、こうも心を揺さぶられるのは、現在の私も、痛みを抱えながらでも、満たしたい欲求を持っているからだ。
 
私には、叶えたい夢がある。書くことを仕事に繋げたい。今よりもっと多くの時間を使って、書くことに向き合っていきたい。その先に求めているのは、やはり「自己表現の欲求」であり「承認欲求」。そして、人が本能的に持っている、利他本能。つまりは誰かの役に立ちたい気持ちである。
 
小さな子どもを抱えた母親が、そんな未来をセットした以上、痛みを伴うことは承知の上だ。1人で文章と向き合う時間を生み出すために、子どもと過ごしていた時間を充てるのは罪悪感で心が痛む。家事に育児にライティングにと、多くのタスクを同時に抱えたことで、疲労した身体は痛みを発する。
 
だけど、そんな痛みを抱えてでも「やりたい事も子育ても諦めない」という選択をするお母さんも、そんな私たちの選択肢を増やしてくれる“貼るピアス”もこれから増えていくだろう。実際、子どもを遊ばせながら利用できるキッズスペースや見守りサービス付きのコワーキングスペースも少しずつ登場していたりする。
 
大丈夫。「お母さんは家族を第1に考えて自分は我慢するもの」なんて暗黙の了解は、これからドンドン変わっていく。そんな希望を与えてくれた「貼るピアス」をお守り代わりに身に着けてみよう。
 
1粒のイミテーションダイヤの下にチェーンの飾りが揺れる金色の「貼るピアス」を買った私は、息子の待つ幼稚園へと急いだ。
 
 
 
 
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2019-11-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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