交通事故とマインドフルネス
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:一色夏菜子(ライティング・ゼミ特講)
「マインドフルネス」という言葉がある。
「今この瞬間に、起こっていることに注意を向ける」ということだ。
日常生活において「マインドフルネス」を実践するのは、けっこう難しい。文章を書いていても、ついブラウザを立ち上げて検索したくなったり、スマホに着信したメッセージを確認したくなったり、この世界は誘惑だらけだ。最近受けたセミナーで、よそ見をせずに集中して書けば、25分で2000文字を書けるようになると聞いたが、凡人の私には「25分、ただずっと書くことだけを考える」ことが、なかなか難しい。
しかし、そんな私でも「マインドフル」になれるときがある。
車の運転をしているときだ。
別に私は、車の運転が特別好きなわけではない。自分では車を所有していないし、東京に住んでいれば車なんていらないと思う。でも、たまに遠くに行きたくなる。そんなとき、私はレンタカーを借りて、郊外へドライブに出かける。
電車やバスと違って、自分で運転すると、線路や時刻表に縛られずに自由気ままに動き回れる。公共交通機関ではいけないような田舎や、どこか遠くの山や海にも一人で行ける。
しかし、運転中のよそ見や考え事は危険だ。運転中は「今この瞬間、起こっていることに注意を向ける」、つまり「マインドフルネス」を実践しないと、大事故を起こしかねない。
というか、正直に言おう。私は「マインドフルネス」を実践できなかったために、大事故を起こしたことがある。
それは、2年前の春のことだ。
その日は、ひどい雨が降った翌日だった。その日の朝、私は山道を運転していた。朝9時までに、目的地に着く必要があった。BGMとして、英語の朗読教材を流していた。運転しながら、朗読に合わせて英語スピーキングの練習をしていた。英語を発音しながら、運転しながら、私は後続車と自分の車の距離が近いことが気になっていた。
他のことは色々思い出せるのに、事故が起こったその瞬間のことは、あまり覚えていない。
気がついたら、山道の急カーブにあるガードレールにぶつかって、車の前半分がガードレールから乗り出した状態になっていた。エンジン音が止まった静かな車内で、英語の朗読教材の音だけが変わりなく流れていた。そして、遠くから人の声が聞こえた。
「だいじょうぶかー?」
地元民らしき普段着姿のおじいさんが、車道から声をかけていた。
見覚えがある。バックミラー越しに見えた、後続車の運転手のおじいさんだ。
「けがはないかー?」
もう一度、聞こえた。私は我に返って、「大丈夫です!」と大声を出した。
車のドアを開けて外に出ようとしたら、地面に足がつかなかった。車がガードレールから乗り出して、宙に浮かんだ状態だった。もう少しスピードが出ていたら、ガードレールを完全に乗り越えていたかもしれない。そう思い至って、私は自分が起こした事故の大きさに気がついた。
不幸中の幸いで、私自身にケガはなかった。対向車や歩行者もいなかった。被害者は、私の車だけだった。車の正面が潰れていて、エンジンがかからなかった。全損事故だった。その後は、半日がかりで事故処理をした。
事故処理の最中、私はいつになく集中力していた。事故に対する動揺はあったが、目の前にあることひとつひとつに向き合って対処していたら、昼過ぎにはひと通りの処理を終えることができた。3時間程度だったが、とても濃密な時間だった。
その日以来、私は運転するとき、「今、その瞬間」だけに真剣に向かい合うようになった。向かい合わずにはいられなくなった。BGMをかけることもあるが、あくまでBGM。発音練習や考え事はしない。助手席に誰かが座っていたとしても、話はあいずちを打つ程度にとどめる。
大きな事故を経験したおかげで、ドライブするときに自然とマインドフルネスな状態に入ることができるようになった……と考えれば、安いレッスン代だったのかもしれない。
「でも、そんなに集中して運転したら、疲れちゃうんじゃない?」
と聞く人もいる。しかし集中することと疲れることは、必ずしも一致しない。
むしろ「今、その瞬間」を大切にしながら運転すると、ドライブが前より楽しくなった。今までは見逃していたような道路脇の風景や、空や街路樹の変化に気がつくようになったし、危ない動きをする車や歩行者をあらかじめ察知できるようになって、安全度が上がった。
マインドフルネス瞑想は、遠く遥か彼方にある宇宙と繋がることができるらしい。マインドフルネスドライブも、ドライバーを遥か遠くまで連れて行くことができる。「今、その瞬間」に集中して運転しつづければ、事故を起こさずに楽しみながら、北海道でも九州でも、好きなだけ遠くに行くことができる。
ずっと運転していたら疲れるから、適度な休憩が必要だ。しかし運転しながら別のことをしても、疲れはとれない。車を止めて、何も考えない時間をとるのが休憩だ。見方によっては、休憩は「今、その瞬間」を味わって一息ついている状態だ。つまり、マインドフルネスとは「集中する時間と休む時間のメリハリをつける」ともいえる。
マインドフルになって「今、その瞬間」に向かい合って、文章を書く……それがなかなかできず苦労している私だが、もしかすると、世の中で活躍している作家やライターの方々のなかには、私のように「大事故」を経験して、筆が速くなった人もいるかもしれない。
それならばと思い、この文章は「きちんと集中して書き上げなければ、大事故になってしまう!」と想像しながら、書いてみた。マインドフルネス瞑想やマインドフルネスドライブのように、マインドフルネスライティングでも、遠くに行けるようになるといいなと願いつつ……。
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