メディアグランプリ

大真面目な吉本新喜劇


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:花倉祥代(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「キー! キー!」
「ワッ!」
これは、昨日の僕と奴のやりとり
 
僕は、毎晩の素振りが日課になっている。
冬を前にして奴らの動きが活発になってきた。日が暮れると一気に奴らに支配されるんだ。
僕は夕食を済ませ、今日も素振りをするために外に出た。
空気が冷たい。
 
「ん?」
 
誰かに見られている……? 僕は思わずあたりを見回した。
 
「誰もいない」
 
そう思ったのも束の間、奴と目が合った。
大きな角の雄の鹿だった。
あちこちから鹿の鳴き声が聞こえてくるぐらいは慣れっこでも、さすがに間近で目が合うとひるんでしまう。
でも負けてはいられない。僕はキッと睨み返して思いっきり鹿に向かって素振りをした。
すると、奴は「キー! キー!」と僕を威嚇してきた。
「負けたらダメだ!」
僕は「ワッ!」を大きな声を出したところで、鹿はすまして走り去っていった。
 
僕の住む町は、面積が大阪市と同じぐらいあるのに人口は5,000人に満たない。
一方、鹿のほうは、8,000頭。
公共の交通機関はバスだけ、しかも1時間に1本で、1本逃せば段取りすべてがパーになる。最終バスは午後7時半。なんでやねん!
不思議なのが、僕たち住民はバス停のことを「駅」と呼ぶ。だから履歴書などの「最寄り駅」の欄にバス停を書いてしまう。しかも自宅から徒歩20分かかったりして。
それ、最寄りじゃないやろ……。
 
そんな不便な町に住む僕たちが高校へ通う手段は、片道10キロは軽くあるけど自転車で、部活が終わっての帰り道は、日も暮れた峠道を走ることになる。
これが結構つらい。
向かい風の中、漕ぎまくっている時は「僕はいったい何と戦っているんだろう」とわけのわからない哲学にはいっていってしまう。
でも3回に1回ぐらいの割合で近所のおじいちゃんの軽トラに自転車ごと乗せてもらえることがあって、毎日ヘッドライトが近づいてきたら「乗せてくれ!」って願ってしまう。
家族以外の車に乗ったらあかんやろ!
 
僕は、高校を卒業したら、この何もない何をするにも不便すぎる田舎から出る。ずっとそう思ってきた。
 
今朝、ピンポーンと玄関チャイムが鳴った。
となりのすみえおばちゃんがすでに扉を開けて玄関先に立っていた。
朝練に行こうとちょうど僕が玄関にいたからそこに立っていたけれど、そうでければ家に上がっていただろう。
「あんたんとこ黒枝豆作ってるへんやろ?」と、すみえおばちゃんは取れたての黒枝豆を両手いっぱい抱えていた。
「うん」と返事をすると、大量の黒枝豆を僕に手渡し「お母さんによろしゅう言うといてー」と言って帰っていった。
どこも一時に同じ野菜が大量にできるため、田畑を持たない家庭に配るのがあたりまえになっていて、作り手は収穫した野菜を持て余しているもんだから、もらってもらえたらうれしいし、畑を持たない家庭は新鮮な野菜をタダでもらえてうれしい。
WIN-WINなのだ。
留守とわかれば玄関に置いて帰るし、鍵がかかっていれば扉に引っ掛けておく。
おもしろいのが、だいたい誰からかわかるということ。
「いきなりステーキ」ならぬ「いきなり置いていった野菜」かよ!
 
「さて、朝練行こ」
いつもの通学路を自転車で走っていると、畑でみず菜の収穫をしているおばちゃんに出会い「おはよう。いってらっしゃい」と声を掛けられた。
「おはようございます。いってきます」と小声で返事をしたが、知り合いではない。
これが、帰宅途中に出会ったならば、もちろん「おかえり」と声を掛けられるもんだから、ちょっとはずかしいけど、「ただいま……」とモゴモゴ返事をする。
結構な確率で「誰やっけ?」と首をかしげるほど、こちらは顔を知らないのに、向こうは誰々のところの子と、こちらを知っているのが常だ。ほんまなんでやねん……
 
「ただいま」
家に帰るとおかんが「あんた、なんか言わなあかん事あるんちゃう?」
とニヤニヤしながら言ってきた。
「え? ないけど」と僕。
「いやいや、そんなことないやろー」とさらに不気味な笑みを浮かべている。
そしてバーンと僕の腕をたたきながら「彼女出来たん?」と言ってきた。
どうやら、一緒に帰っているところを誰かに見られていたらしい。
いつもそう。先生に怒られたこと、近所でいたずらをしていたこと、耐久走の順位、試合でタイムリーを打ったこと……。
全部知られていて、叱られることもあれば褒められることもある。まぁ驚くこともない。
 
そういえば、いつからか日常につっこんでいる自分がいる。
バス停を駅と呼ぶこと、自転車で普通に10キロ走ること、いきなり置いていった野菜のこと、みんなが親戚かと思うような関係性。
全部笑える。
 
田舎には何もない。
確かにその通りで、マクドナルドなし、イオンなし、ボーリング場なし、本屋なし……ないものを挙げればきりがない。
でも都会にはないものがある。
隣近所、町内のコミュニケーション抜群。一緒に生きている感。他人を気にかける心。支え合い。僕たちは小さいころから親や先生だけでなく、町の人みんなに見守られて育ってきた。
笑っちゃうような日常は、まるで吉本新喜劇で、つっこみはじめたらきりがない。
「こんな田舎の日常が実は好きかも……」
僕は最近気づき始めた。
 
「いつからや? 知らなかったわ」と、おかんはまだひとりごきげんに話している。
 
 
 
 
***
 
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2019-11-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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