思い込みの世界からの脱出
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:井村紗緒里(ライティング・ゼミ日曜コース)
「お風呂に貼るあいうえおとかのポスター、たまにお客さんに訊かれるよね。あれそんなに必要なのかな?」
書店で働く私は、隣の同僚にそう話しかけた。
すると彼女は、
「あれ、めっちゃ役に立ちますよ! あれがあると、子どもがお風呂に入ってくれるんです!」
アンパンマンの歯ブラシだとかパジャマだとかのグッズが無数にあるのも、あれば子どもが歯磨きしてくれたり自分で着替えてくれたりする。そういうものがなければ、子どもはお風呂も歯磨きも着替えも嫌がって大変だったりするらしい。
子どものいる人にしかわからない視点だ。まだまだ私の世界は狭かった。
私の妹が柿を好きだということも、最近知って驚いた。
自分にとっては、嫌いじゃないけれど特別好きというわけでもないので、妹もそうだと思い込んでいたらしい。
あとは、自分がそばよりうどんが好きで、実家でも食事にそばが出てきたことがほぼないので、家族全員うどんのほうが好きだと思い込んでいたら、
「そば、普通に好きだよ。お姉ちゃん以外は」
と妹に言われて、軽いショックを受けたこともある。
私は、自分が嫌いなものに目を向けていなかった。
自分が嫌いなものを好きな人もいるという当たり前のことをすぐに忘れて、自分を自分だけの思い込みの世界に追いやってしまう。
人と話してみてようやく、思い込みの世界から脱出できることがよくある。
この間美容院で髪を切ったときもそうだった。
前髪をどうするかということになり、いつも通り眼と眉の間までの長さにしてもらおうとしたけれど、気が付いたら「短くしたいんですよね」と言っていた。
今までは、化粧に自信がないのもあり、できるだけ眉が隠れるようにしていたけれど、すぐに伸びてしまい、それが目にかかってうっとうしかったのだ。
「ぱっつんにするか、ギザギザにするか、どうします?」
ぱっつん前髪はおしゃれな人がするもの、という考えがよぎり、
「ぱっつんに耐えられるメイクができる気がしないんですよね……」
と答えると、
「大丈夫ですよ! じゃあちょっとギザギザめのぱっつんにしましょうか!」
と美容師さんは請け合ってくれた。
思い切って短くした前髪は小学校以来の短さだったけれど、視界が開けた。
目にも入らないし、うっとうしくない。
それに、切ってみると、眉が出ているほうが顔がすっきりして見える気がする。
やっぱり、自分で自分のことを客観的にみるのは難しいのだ。
転職活動をしようとひとりで自己分析していたときに、なかなか前に進まなかった理由が今ならわかる。
この間、友達に転職活動について相談したときは、「マーケティングに興味あるんじゃない?」などと、自分では出なかった答えがぽんぽんと出てきて驚いた。
書店の仕事の前は、まったく別の仕事をしていたけれど、そこでも他人のほうが自分のことをよく見ているんだな、と思ったことがあった。
その会社を退職するとき、「次は書店とかで働いてみたいんです」とある先輩に言ったところ、その先輩は驚かず「あなたが休憩時間に本屋にいるのを見かけたんだけど、すごく楽しそうだったよ」と言った。
書店の仕事については、そのときはまだぼんやりとしたイメージしかなかったけれど、「楽しそうにしていた」という他人からの言葉は、私の胸に残った。
そしてその当時、私は転職先も含めて人生に大いに迷っていた。
他の人と話すことは確かに役に立つけれど、当時はそんな元気が出ないときもあった。
そんな時、いわゆる「人生相談本」を読むのにはまっていた。
著者が、読者から寄せられた人生相談に回答するというものだ。
マイベスト相談本は、岡田斗司夫『オタクの息子に悩んでます 朝日新聞「悩みのるつぼ」より』。
石田衣良『答えはひとつじゃないけれど』や、西原理恵子『生きる悪知恵 正しくないけど役に立つ60のヒント』も何度も読み返した。
何より、「みんなやっぱり悩んでいるんだな」とわかってほっとした。
それに、悩んでいる他人を見ると、自分のことを少し客観的に見られるような気がした。
他人と直接話すわけではないけれど、他人を通して自分を見ることで、その時は少し救われていたのだと思う。
最近私はこんな仮説を立てている。
「幸せのひとつは、自己評価と他己評価が一致したときにあるのではないだろうか?」
「その意味で、人生には他者からの視点が必要不可欠なのではないだろうか?」
他人に苦しめられることもあるけれど、それでも自分では決して見えない自分の姿を教えてくれるのもまた他人なのだ。
ライティング・ゼミに参加するまで、私は自分のことをユーモアのある人間だと思っていた。
そのまま文章を書けばおもしろくなるんだろうと考えてもいた。
しかし、自分が最初に書いた文章はまったくおもしろくなく、愕然とした。
また、自分ではおもしろいだろうと思って書いたものでも、他人にとっては興味がわかない書き方だったりした。
またひとつ、自分の本当の姿を見ることができたのだ。
今は、自分がうまくできたと思ったものと、読んでくれる人がおもしろいと思ったものが一致する幸せな瞬間を想像し、チャレンジを続けている。
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