感謝されることのない子どもへの未来のギフト
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:岡田ゆり子(ライティング・ゼミ日曜コース)
「息子さんは12歳だからHPVワクチンを摂取できるけど、今日摂取しますか?」
一年前の息子の健康診断で、かかりつけの小児科医から尋ねられた。
HPVワクチンとは子宮頸癌を引き起こす原因となる、ヒトパピローマウイルスの感染を予防するワクチンだ。HPVの感染経路は主に性的行為によるため、性交渉を初めて行う前の10代の早い段階での摂取が推奨されている。私が住むアメリカの州では男女ともに、かかりつけの医師からこのワクチン摂取を勧められるので、そろそろ担当医から声が掛かるだろうと覚悟はしていた。だが、その時、まだ息子にそれを受けさせるかどうか迷っている自分がいた。
私が結論を出せない理由は明らかだった。随分前に日本のニュース番組で、HPVワクチン接種後、重度の副反応があったという生徒の報道を見たからだった。
副反応が心配ならば、ワクチンを受けないという選択肢もある。特に男の子には受けさせなくていいのではないかと、知人のAさんが2年前に亡くなるまで、私はそう考えていた。
Aさんは2年前の夏、数年前に罹った子宮頸癌を再発、それが全身に転移し、11月末に亡くなった。夏休みに入る前、Aさんはすごく元気で、「来月家族でイタリア旅行に行くの」と、夏のバカンスをとても楽しみにしていた。その時、病気の前兆などは全く見られなかった。
20代〜40代の若い世代で罹る事が多いのが子宮頸癌の特徴だが、Aさんは高校生と大学生のお子さんを残して50代で生涯を終えなくてはならなかった。あまりにも早過ぎると思った。わずか数ヶ月の間に、元気だったAさんの命を容赦なく奪った子宮頸癌の脅威と無情さに愕然とした。
それ以来Aさんを知る共通の友人達と、HPVワクチンを子供に摂取させるかを話し合った。Aさんの死に起因した子宮頸癌は、数あるガンの中でも、今の時代、ワクチンで防ぐことができる種類のガンだと改めて気が付かされた。
その中で、男子がワクチンを摂取する目的は、HPVウイルスのキャリアになってパートナーに感染させるのを防ぐ事以外にも、このウイルスが原因で男性も肛門がんや咽頭がんに罹る可能性があるため、それらを防ぐ事もできると知った。
このように、Aさんの死が、改めてHPVワクチンについて、私に深く考えるきっかけを与えてくれたのだった。
それでも、どうしても私は副反応の事が頭から離れず、ワクチンを摂取して副作用が出るリスクと、癌になるリスクを天秤に掛けて、自分の中で結論が出ないままだった。
先日、「Aさんが亡くなってから2年が経つな」とぼんやり考えていたとき、
産婦人科医の知人がSNSで共有していた「子宮頸癌とHPVウイルスの正しい理解のために」という記事が目に飛び込んできた。
その記事は日本産婦人科学会のホームページのものだった。
それによると、日本では約1万人が子宮頸癌に罹っていて、約3000人が亡くなっているが、その両方の数が年々増えている。その一方で、HPVワクチンを国のプログラムとして取り入れた欧米先進国ではHPVの感染者数が減っているという事だった。
その安全性においては、平成29年、厚生労働省専門部会で、運動障害等の副反応の症状とHPVワクチン接種との因果関係を示す根拠は報告されなかったと発表されている。また、厚生労働省が行った疫学調査では、12〜18歳の女子において、HPVワクチンを摂取していない場合も、摂取した女子に起こった「多様な症状」が一定数起こっているということだった。
これらの調査報告を見て、私は息子にHPVワクチンを摂取させることを決意した。
子供にHPVワクチンを受けさせることは感謝されることのない子供への未来のギフトだと思った。
このワクチンは、性行為を初めて行う前の10代の初めに、期間を開けて3回摂取することが推奨されているため、推奨期間にワクチンを受けるかどうかは親の一存で決めることになる。
私には娘もいる。子宮頸癌や、HPVウイルスに起因するガンを発症することがなければ、わざわざ「ワクチンを受けさせてくれてありがとう」と子ども達から感謝されることはないだろう。だが、万が一息子がHPVに起因する癌になったり、大切なパートナーにHPVを感染させて、パートナーが子宮頸癌に罹ってしまった場合、彼らは「なぜ、子供のときにHPVワクチンを受けさせてくれなかったのか」と、悔やむ事になるかもしれない。
最悪の場合、我が子や彼らの大切なパートナーの子宮や命に関わってくる可能性もあるのだ。
100%でなくても、ワクチンでガンを防ぐことができるならば、感謝されなくてもいいから、子どもたちへ予防というギフトを送ってあげたい。そう考えた。
私は、日本のHPVワクチンの副反応の報道を見て以来、必要以上にワクチンを子供に摂取させることを恐れていたことを反省した。どんな治療も予防接種も薬も副作用やアレルギー反応などのリスクはゼロではないのだ。これからは、恐れたり迷ったりする前に、疑問があれば、信用できる団体が発表する科学的なエビデンスに基づいた資料を読み、自分を含めて家族の健康のために何をするべきなのか判断していくべきだと思った。
先日、息子の13歳の健康診断の際、昨年と同じようにドクターからHPVワクチン接種について尋ねられた。
今回私は「お願いします」とはっきりと返事をした。
その時、亡くなったAさんも私の背中を押してくれているような気がした。
ただの偶然かもしれないけれど、亡くなった後でも、こんな風にご自身の死を通じて私に大事なことを気づかせてくれたAさんに、お礼を言いたい。
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