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記事:竹之内真奈美(ライティング・ゼミ特講)
 
 
静まり返った体育館に140人もの中学生がいながら話し声一つしない。時折聞こえるのはこらえきれずに男女を問わず生徒が鼻をすする微かな音だけ。
 
教師の仕事とは何だろう。教科指導。これは基本中の基本。生徒指導、進路指導、これも必須項目。しかし、性教育、平和教育、命の教育。ここまでくると底の浅い一教師が書物から聞きかじった知識を伝授したところで、生徒に見透かされるのが目に見えている。
中学生をなめてはいけない。
 
どの中学校でも行われる修学旅行を前にした平和学習。
原子爆弾の構造や被害の大きさ。折り鶴が献納されるようになったきっかけ。もちろん、これらを学習することは無駄ではない。知らなければならないことだ。しかし、知識の中から熱を感じ取ることは難しい。経験した人が目の前で語る言葉に勝るものはない。
 
正面で話をしているのは久保清子さん。79才(取材当時)。今では数少ない鹿児島在住の被爆体験者だ。被爆者協議会を通して話をしてもよいと言ってくださった方である。
 
1945年8月9日。よく晴れたその日、お昼ご飯を待ちながら、友達と外で遊んでいた7才の清子さん。雷のような光が見えたかと思うと、ものすごい勢いの爆風が襲いかかり地面にたたきつけらた。スカートには火がつき、夢中で地面を転がり火を消すと防空壕に飛び込む。その時に負ったやけどが、清子さんのおしりに跡となって今も残るそうだ。
自宅で被爆した母親は全身に無数のガラスがつき刺さり、熱線を体中に浴びた弟は「水が飲みたい」と言いながら死んでいく。
父親はやっとたどり着いたけれど、片足は皮一枚でかろうじてぶら下がり、片方の眼球は飛び出ている。
「こんなおばけ、お父さんじゃなか」
そう言って泣き叫ぶその頭を、いつものように優しくなでられて、やっと父親だとわかる清子さん。しかしその夜、自分の父が衰弱し死んでいく姿を7才の子どもが目の当たりにするのだ。
 
清子さんの苦難はそれだけではなかった。
戦争は人の心も変えてしまう。やっとの思いでたどり着いた親戚の家では、
「原爆病がうつる」
と言われ、食べ物も何ももらえないどころか家の中にも入れてもらえなかった。しかたなく母と姉と3人で体中蚊に刺されながら外で寝た夜のことを「悔しくて悔しくてしかたがなかった」そう寂しそうに語る。
 
けれども、清子さんはその親戚を恨んではいない。
「たった一発の爆弾のせいで……」
清子さんが恨んでいるのは原子爆弾。話を聞きながら誰もが、アメリカはなんてひどいことをしたんだと思ったとき、清子さんは思いがけないことを伝えた。
 
「原爆を落としたアメリカの人は、何回も何回も十字を切って、ごめんなさいと泣きながらボタンを押したんよ。だって、落とさないと自分が殺されてしまうんだから」
 
家族を奪った原子爆弾を憎んで生きてきた清子さんは、10年ほど前、長崎原爆の爆弾を投下した年老いた元アメリカ兵の証言をテレビで見て考えが変わったそうだ。憎んでばかりいてはいけない。原爆を落とした方も落とされた方も不幸なのだ。2度とこんなことがないように、経験を伝えていかなければいけない。そう思ったと言う。
 
久保清子さんの話を聞いたある男子生徒の感想。
 
落とす側も苦しかった。ならば、なぜ苦しむだけの戦争なんかしたんだ。
どの国の人も、戦って勝てば幸せになれる、そう信じたのか。
幸せになりたい。僕もそう思っている。
だとしたら、僕も同じ過ちをいつか起こすのではないだろうか……。
だが、一発の原子爆弾で幸せを求めるのなら、それで得る幸せはきっと間違っている。僕たちは争わず幸せを求めなければならない。
 
深い。
たった14年しか生きていない中学生が、争いの根源は幸せを求めることにあるのではないかと考え、自分の中にある幸せになりたいという思いに「虞れ」を感じている。
たかだか一教師にはそこまで気付かせることなんかできはしない。
 
久保清子さんの思いを、中学生が受け止めている。
教師の仕事が教えることだけだとするならば、子どもの可能性は教師の想定内にとどまってしまう。しかし、多くの思いに接することで子どもたちの思いも果てしなく広がっていく。『つないでいくこと』これこそが、私の仕事なのだ。
 
 
 
 
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2019-11-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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