【平野啓一郎『マチネの終わりに』考察】数年後に見る“青の洞窟”は……
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記事:サカ モト(ライティング・ゼミ平日コース)
「もう、涙も出ないよ」
「大丈夫? 昨日、インスタでみたけれど凹んでたみたいだったから」
「ねえ、別れるのにラインってなくない?」
「そう? あるけれど……」
「ないよー。だからあいつ呼び出して会ってきた、いま」
「え? どこで会ったの?」
「渋谷の“青の洞窟”」
「あの代々木公園でやっているイルミネーションの?」
「そう」
「まるでデートじゃん。別れ話でしょう?」
一人でスマホをいじっている女子大生のとなりで、私は小説『マチネの終わりに』を読んでいた。場所は渋谷のマクドナルド。するとスマホをいじっている彼女のもとへ、一人の女の子が走ってやってきた。普通は「遅くなってごめん」とか、「お待たせ」なんて挨拶があるもんだが、開口一番「もう、涙も出ないよ」といって、椅子になだれ込んだ。
これはただ事ではない? と思い、本を閉じてとなりの女子たちの話しを聞きいってしまった。
どうやらいまやってきた彼女は、恋人と別れてきたらしい。正確には昨日、彼氏から別れのラインがきたらしい。しかし彼はなんで別れたいのか、理由はいわないままのらりくらりとかわす。彼女はラインではらちがあかないと思い、直接会う約束を無理やりして、青の洞窟に誘ったらしい。結局、彼は直接会っても別れたい理由はいわず、ただ「君を傷つけたくない」しか言わなかったらしい。煮え切らない男に、彼女は「もう、いい」と捨て台詞を吐いて、友だちの待つマックに一目散にやってきたのだ。
ちょうど今、読んでいた『マチネの終わりに』は芥川賞作家の平野啓一郎が書いた小説で、天才ギターリストの蒔野聡史と、ジャーナリストの小峰洋子のラブストーリー。この二人はたった3回しか会っていない。しかもプラトニック。なのにあつい恋に落ちたのだ。
最近、映画にもなって蒔野聡史を福山雅治が、ジャーナリストの小峰洋子を石田ゆり子が演じ話題になった。
わたしは映画をみて、それから小説を読んだ。映画は二人の心情をセリフで語ることもなく、どちらかというと省略して表現している。一方、小説はそこを丁寧に描いて、二人の心の機微がわかりやすい。だから両方を見たり、読んだりすると「ああ、あの時、二人はこういう思いだったのね」と納得ができる。この話は小説と映画、両方をみると物語が立体的になってよりリアルになる。
しかし物語が浮かび上がれば上がるほど、この二人の恋愛にたいして疑問も出てくる。
よく言われることがだが恋愛には“LIKE”と“LOVE”がある。すると蒔野と洋子はどっちだったんだろう? 私は“LIKE”の先に“LOVE”があると思っている。そして“LIKE”が “LOVE”にかわるには、一緒にいる時間がながい。もしくは濃密な関係性、離れられない事情があるなど、なんらかの理由が作用して、恋は愛に昇華すると考えている。
この二人は会ったのはたったの3回。しかも濃密な関係どころか、お互いのことはそれほど知らず、どちらかというと一目ぼれ的な感じ。これは“LIKE”なのか。しかし“LIKE”とすると、この話は成立しない。しなくはないが、薄っぺらい物語になってしまう。もし二人が10代なら “LIKE”を“LOVE”と錯覚してお互いの元に走ることも理解できる。しかし分別のある40代がそれをやると、軽薄にさえ思え、福山雅治と石田ゆり子といえども、映画館を途中で出てしまうはずだ。とても小説まで読んでみようとは思わない。
そんなことを考えていたら聞こえてきた女子大生たちの会話。最後の場所に、恋人たちのメッカ“青の洞窟”をわざわざ彼女が選んだ理由。
彼女は青の洞窟で、彼に「これから先、ほかの彼女とここに来たら、絶対にあなたはわたしのことを思いだすわ。だからあなたは、彼女とはここには来られないわね」と言いはなったらしい。
それを聞いて、私はこの彼女が、ちょっとかわいく思えてきた。
そして私は「彼は青の洞窟であなたを思いだすかはわからないけれど、あなたは確実にここで彼のことを思い出すわね。この先、ずっと」と、心の中でつぶやいた。人を呪わば穴二つだ。
そうだ、ここに“LIKE”と“LOVE”の違いがある。“LIKE”は自分がやったマイナスのことが全部自分にかえってくるが、“LOVE”はマイナスの行為をしたとしても、いつか許せて雪のように解けてなくなってしまう。ここに大きな違いがあるのではないだろうか。
この小説の肝になっている「過去は未来でかえられる」。未来でかえられる過去は、マイナスをプラスにもするし、プラスをマイナスにしてしまうこともある。蒔野と洋子は、いろいろな人たちに振り回されるのだが結局、それをすべて許す。だから過去の出来事はかならずプラスで終わるはずだ。そして“許す”行為のなかに、お互いのことをどんなに思いあっているのかもわかる。
反対にこの青の洞窟で彼氏とさようならをした彼女は、突然別れを切り出す彼を“許す”ことはできず、自分の思いを吐き出して終わっている。人はなかなか“許す”ことはできない。とくに若い彼女は、別れる理由をいわない彼を許すことは無理だ。
でも40代の蒔野と洋子には、それができる。たとえたった3回しか会わなくても、できるのだ。それは二人が会う前に経験した楽しいこと、悲しいこと、辛い恋の色々がすべて血となり肉となっているからだ。それがヤングとミドルエイジの違いかも知れない。
結局、この女子大生はジェフという男の子からラインがきて「これ、やばくねえ? 私のことが好きってことだよね?」と目の前の彼女にスマホを見せていた。
彼女は「え? 昨日あんなにショック受けていたのに、ジェフにラインしたの?」というと、彼女は悪びれず、「私、いつも恋していたの!」と言う。
そして二人は渋谷の街へ繰り出していった。
この女子大生も、いつか“LIKE”をいっぱいした先に、“LOVE”が待っている……。それはわからないが、どうか有意義な恋をして欲しいと、私は願う。数年後に見る“青の洞窟“がキレイに映るといいなーと思いながら、私は彼女たちの後姿を見送った。
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