メディアグランプリ

一皿の料理が運命を動かす?


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記事:川口 郁代(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「悪いけどまずかったら食べないよ、手料理」
交際が始まったばかりの頃にに突き付けられた、彼からの一言。まじめな彼だから、わざわざ宣言したのだろう。そして、絶対に食べてくれないのだろうと予想がついた。
一人暮らしで自炊をしていた私だが、いつも自己流で作っていた。果たして彼の口に合う料理を、私は作ることができるのだろうか?!と、非常に不安になった。
昔見たドラマや少女漫画のエピソードでは、主人公の下手な料理を「君が一生懸命作ってくれたんだから、美味しいよ」と、どう見てもまずそうな料理やお菓子を食べる恋人ばかりを見てきた。現実は厳しいのだ。
私は、母親から料理を習ったことがない。
私の母は料理を教えることにあまり乗り気ではなく、いつも一人で食事の支度をしていたからだ。
カレーライスも、小学校の家庭科の教科書を見て作れるようになった。中学や高校のころは、料理よりもクッキーやケーキなどのお菓子を作るのが好きで、学校で友達に配ったり持ち寄ったりしていた。
結局、私が初めてきちんと料理を習ったのは、学生時代のアルバイト先の、レストランの料理人達からだ。といっても、仕込みの手伝いなので、包丁の扱い方や下処理のやり方を教えてもらったのだが。しかもフレンチレストランなので、例えばパセリのみじん切りだったり、ムール貝の下処理だったり一般家庭では縁のない食材ばかり。それでも、安全に包丁を扱えるようになったし、まかないでおいしいご飯を食べさせてもらったので、味付けのタイミングやおいしく仕上げる火加減は分かるようになった。
自炊をするようになってからは、自分の好物や、鍋など簡単に作れるような料理ばかり作っていた。所謂、「彼の胃袋をつかむ」ような料理は、作ったことがなかった。
彼から冒頭のセリフを言われたのは、交際して3か月くらい。次のデートの日は、私の家でご飯を食べようという話の後だった。本当なら、彼が家に来るというドキドキな展開に胸がいっぱいなはずなのに、私の頭の中は料理のことでいっぱいだった。
どうしよう、料理本を買って彼が好きそうな料理を練習しないとヤバイ。自炊していると言っているから、それなりの腕を期待しているはず。ありきたりの「肉じゃが」なんかではなく、かっこいい料理をだしたい!!と頭の中は、色々な妄想で膨らんでいった。
遠距離恋愛だった私たちは、およそ3週間ごとに会っていた。私の手料理を出す日は、次の3週間後という約束で、その日はお別れした。
帰り道のその足で本屋さんに行き、料理本コーナーで次から次へと料理本を見比べた。
これはオーブンが必要だからダメだ。こっちは家庭料理だけど、分量が4人前だから計算がメンドクサイ。これは簡単!とかいって、聞いたことがないような食材を使っているから無理!洋食よりは和食だよね、やっぱり。美味しくて、簡単で見栄えがする料理はないの!と、絶望しそうななかで、某料理雑誌が目に入った。そういえば、結婚した友達がその雑誌のレシピは使える、と言っていたのを思い出した。
パラパラとめくると巻頭から私が求めていた、簡単で見栄えのするレシピがいっぱい載っていた。しかも、どこのスーパーでも売っている材料だ。迷わず買うと、その日から料理のメニュー選びと練習が始まった。
そして、約束の日がやってきた。
私の決めたメニューは、「揚げ出し豆腐」だった。ただの揚げ出し豆腐ではない。揚げた海老と、餅を揚げた「おかき」も一緒に餡かけにしたものだ。深めの皿に盛りつけると、豪華な感じに仕上がるのだ。カイワレ大根を添えて、彩りバッチリの予定だった。
ところが練習はしていたのに、彼を待たせているプレッシャーから慌ててしまい、粉をこぼしてしまったり、冷蔵庫の食材を見失って、探し回ったりと散々だった。
あーもー、段取り悪い!どんくさい!かっこ悪い・・・・・・。そんな泣きそうな最悪な心理状態の中、背中で遠慮がちな彼の視線を感じていた。
「お待ちどうさま、時間かかってしまってごめんね」と、料理をテーブルにおそるおそる置いた。
結局、1時間半も待たせてしまっていた。
彼からは、「ずいぶん手の込んだ料理だね」 「うん、おいしい」 と、欲しかった言葉をもらえた。
私も席に着き、ようやく楽しい食事の時間だ。
料理が完成してリラックスした私は、好きなたべ物の話、テレビの話、休みの日は一人でどんなふうに過ごしているかなど、彼を質問攻めにした。できるだけ、私の料理の腕前の話から遠ざけるように。
今思うと、彼には私の腕前が見え見えだったと思う。恥ずかしい限りだ。
 
ずっと後に、「私の料理を初めて食べた時どう思った?」と彼に聞いみた。
「うーん、手が込んでいておいしかったよ。でも作るのが大変そうだったね。一生懸命作っているな、と思って見てた」と、素直な感想を教えてくれた。
いいところを見せようとした私の気持ちは、やはり見透かされていた。しかし、自分のために頑張っている姿を目の前で見るのは、とても嬉しいのだと言う。
一生懸命作っている姿 = 自分への愛情 に見えるそうだ。
美味しくないと食べられない。我慢しないで、まずいものはまずいと言える、嘘のない関係でいたいと言う。分かるような、分からないような・・・・・・。とにかく、正直でありのままが一番なのだ。
 
その後、彼や子供のために、毎日料理を作るようになった。子供は正直で、まずかったら口から吐き出すし、全く食べてくれない。おいしいと言ってもらうために、日々精進している。
 
おいしい料理は一皿でも相手の心を動かし、更には運命をも動かす武器だと、大きな声で言いたい。
 
 
 
 
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2019-12-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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