別れても好きな・・・・・・
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:大快和子(ライティング・ゼミ平日コース)
「また、遊びに来てな」
そんな声が聞こえたようだった。
後ろ髪を引かれながらも、新しい環境に向かう期待感に足どりが早まる私を見送ってくれた“彼”は、今はどうしているだろう?
別れても好きな人がいるように、退去しても好きな部屋というものがある。
ひとり暮らしを始めて7年くらいは経っていた頃だろうか。
10畳程の広さのある1Kの部屋からシェアハウスへの引っ越しを思い立ったのは。
ひらめきは突然だった。
新しい趣味を始めて「もうちょっと趣味にまわせるお金があったらな~」と、ネットや雑誌の家計特集を読みあさっていた。
ほとんどの記事の中で強調されていたのが、住居・食事・通信費などの固定費をどれだけ抑えるかということだった。
「食事は自炊だし通信費もそこそこ抑えられているし、残るは住居費か」
当時の部屋の賃貸料は共益費と水道料金込みで、6万円弱だったかと思う。
住居費は給与の30%以内が適切、という一般的な基準にも収まっていた。
けれど、少しでも趣味に回すお金を捻出したかった私は、さらなるネット記事検索の末にシェアハウスへの転居という選択肢に行き着いた。
男女が一緒に生活をする中で恋が芽生えていくテラスハウスというリアリティテレビ番組が流行っていたので、ネットでもシェアハウスという言葉を頻繁に見かけていた。
同じ屋根の下生活をしていく中で恋が生まれるなんていう都市伝説にはハナから興味をそそられなかった私は元・日本一有名な京大卒ニートのpha.さんが提唱する「物を持たない生活」という考えの方に共感していた。
pha.さんはその頃、自身が運営するシェアハウスで生活をしていた。
物の中にはもちろん住居も入る。
必要最小限の生活必需品を他の人と共有しながらも広い一軒家に住めるなんて、いいことしかないじゃないか。
大学時代の4年間は定時の点呼と朝の礼拝を実施される学生寮で生活をしていたから、完全なるプライベート空間というものにも執着はなかった。
思い立ったが吉日。
雰囲気の良さそうなシェアハウス物件をピックアップし問い合わせ、内見に出かける日々が始まった。
と、言ってもそれも半月程度だっただろうか。
物件探しも婚活も、最後は運命の赤い糸が繋がるかどうかだ。
自分にとって譲れない条件にマッチングするか、ひとつひとつ確認していく。
最後の決め手になるのは第一印象、というかフィーリング・・・・・・それが運命だと思う。
“彼”との出会いでもそうだった。
内見の日、不信感あらわに路地の奥へ向かった時の不安感、玄関のドアを開けた時の他人の暮らしのにおい、内見と入居のための面談を終えて帰る時の高揚感。
もう何年も前のことなのに、あの夏の日の、午後の太陽の眩しさも今でも覚えている。
入居を決定するまでの返信猶予は2週間くらいあったはずだけれど帰宅後すぐに今後かかるであろう生活費をシミュレーションし「イケる!」と決断、数日内に返答したと記憶している。
“彼”を逃したくないと思えたから。
“彼”は築80年の町家をリノベーションしたという、包容力の大きな物件だった。
町家とは聞こえがいいけれど、家にはとにかく隙間風が吹いていた。
リノベーションの際に修繕もされたのだろうが「町家はそういうもん」と完璧にはされていなかったのかもしれない。
それもまぁ災い転じて福となす、というか。
なんとなく一緒にリビングに集まるということが多かった同居人同士、隙間風の吹く冬場は暖気の上がる2階の共有スペースに移動して猫のように群がって過ごしていた。
女子だけでお酒を持ち寄って映画鑑賞会もしたっけ。
季節に関係なく、住人の友達、そのまた友達もよく遊びに来た。
帰宅したらリビングに溢れる程知らない人たちがいて、でも、ごく自然にその中を通過して自室に入り、トイレやお風呂に行くのが日常茶飯事だった。
誰が来たとしても、それがごく自然に受け入れられる―そんな空間で私が“彼”と生活を共にした記憶は、そのまま誰かと笑顔を共有した時間そのものだ。
「居心地の良すぎる空間だけど出るしかないか」と決めたのも結局はお金の問題だった。
京都市内でも烏丸エリアに位置していた“彼”は言うなれば生粋の京都人。
お家賃も、シェアハウスと言えどひとり暮らしの物件と同等だった。
水道・光熱費、ネット代ぜんぶひっくるめての金額だったからやっていけると思っていたのに、引っ越してからまた趣味が増え出費だけが増えて行った私には“彼”との生活に亀裂が生じ始めていた。
やり繰り次第だったはずだけれど、目の前のことしか見えていなかった私は“彼”との離別を選んだ。
それから早5年。
今の“彼”との生活は、はっきり言って不便なことの方が多い。
学生気分が色濃く漂う左京区エリアに位置し、レトロな外観がいちばんの魅力。 かつては某映画監督が住まいしていたという噂も流れる、なかなかに芸術家気質な“彼”のお家賃は、烏丸の“彼”の半分以下だ。
風呂もなければガスもない。
シェアハウスの同居人たちには料理好きな姉さんと慕われ、いつも台所に立っていた私が、料理とはすっかり無縁になってしまった。
“彼”に甲斐性みたいなものが無い分、私の方で工夫を凝らし趣味もそこそこ、貯金もそこそこ出来るようになっている。
ただ、冬の夜には電気毛布にくるまりながら烏丸の“彼”との生活を思い出すことがある。
それはけっして後悔の気持ちからではなく、素敵な追憶として、だ。
別れても好きな人との思い出は、たとえそれがどんなものであっても、心のどこかにはあたたかい気持ちが生まれているものだから。
“彼”との生活を経て、今の私の価値観がある。
別れても好きな烏丸の“彼”を思いながら左京の“あなた”に抱かれているような私はなんて勝手な女なのだろう。
でも、何年後か先には“あなた”との別れも訪れるだろうから、その日に備えて少しずつお金を貯めてるの。
次の生活を営み始めたら“あなた”もきっと“別れても好きな人”になっているはず―
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