桃の中身
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:めいり(ライティング・ゼミ7月開講通信限定コース)
「明日の夕方届くようにお願いしたから」
クマの目がハートになったかわいいスタンプと共に送られてきた、母からのお知らせ。
「ありがとう。楽しみにしてる」
急いで返事をしたものの、頭の中はすでに明日の仕事の予定でいっぱいだった。
ピンポーン。
顔なじみの配達員さんが、汗を拭きながら箱を差し出す。
「いつもご苦労様です」
母からのお知らせの時間通りに、それは我が家に届けられた。
リビングのテーブルに置いて、箱をそっと開ける。
「わぁ」という言葉より先に、香りが部屋中に広がっていく。
はち切れんばかりのまぁるいシルエット。グラデーションになったピンク色のボディ。ネットに優しく包まれながらも、溢れて漂う甘いにおい。
桃。
この時期にしか食べられない、贅沢な果物である。
この桃、だたの桃ではない。幼馴染みの両親が大切に育ててきた木から採れた品物なのだ。「完熟のためできるだけ早めにお召し上がりください」というメモ書きとともに毎年私の所にやってくる。届いた瞬間にすぐに食べられるよう、ちょうど良いタイミングで発送していると聞いた時は、「これが職人か」と深く感動した。
食べ頃はどれかな。ひとつひとつ指の腹で触っていく。
私は小さい頃から果物に囲まれて育った。台所にはいつも旬の果物が並べられていた。そのほとんどが近所の農家さんからいただいた物だった。売り物にはならないけれど、味は本物。丁寧に育てられた果物たちは本物の味がするのだ。スーパーで売っている果物は果物じゃない、とショックを受けた頃が懐かしい。自分の指先の感覚が1番の食べ頃を教えてくれる。季節の移ろいと共に台所に並べられる様々な果物を見て、私は味覚でも四季を感じていた。
「悩みなんてなさそうだよね」
いつも楽しそうにしている私を見て、こんなことを言う人がいた。「私だって楽しくて笑っているんじゃないのに」頭に浮かぶ言葉はいつも決まっていた。
言いたいことが言えないのは子供の頃からだったようだ。いわゆる「空気を読む」ということに長けている子供だった。言われなくても一方的に伝わってくる期待に120%で応えてきた時間は本当に長い。
こんなこと言ったら相手が傷つくかもしれない、自分はこうしたいけど相手の機嫌を損ねるかもしれない。裏の裏の裏まで読みすぎて結局何も言えないままその場をやり過ごす。そんな場面を幾度となくこなしてきた。
いつも元気でいなくちゃ、いつも笑顔でいなくちゃ。周りに元気を与えられるようにならなければ。いつからか◯◯すべきという義務に自分を投影するようになった。「笑顔でいることは周り人たちのため」という方程式が出来上がった頃には、私は人前で泣けなくなっていた。
そんな私に声をかけてくれたのは大学の友人だった。彼女は竹を割ったような性格で、よく笑い、よく泣き、よく怒る感情が忙しい女の子だった。
彼女の家に遊びに行った時、デザートに桃を出してくれたことがあった。不慣れな手つきで剥かれた桃は大きさも形もデコボコだった。
「桃ってなぁ、めっちゃ繊細やと思わん? 外は瑞々しくて美味しそうやのに剥いたら痛んでたり、腐りかけたりしてるねん」
デコボコの桃を口に入れながら、彼女はそんなことを言った。
「似てるかも」次々と口に運ばれていく桃を見ながら、私は桃と自分を重ねていた。
「少しでも茶色になったり、目に見えるサインみたいなのが出せると、早く気付いてもらえるのにね」
彼女の言う通りだった。私は自分からSOSを発信せず、気付いてくれる人が来るのをじっと待っているだけだった。そしてその人が想い通りの行動をしてくれないことに絶望すら感じていた。「誰も私の事なんて分かってくれない」と周りのせいにしていたけれど、固い殻に閉じこもっていたのは自分の意志だった。
毎年桃が届くと、彼女とのやり取りをふと思い出す。
今となっては、繊細な一面を持つ自分も許せるようになってきたように思う。そんな自分もいるよね、と思えることは長く縛られてきた「◯◯しなければ」という義務からの解放なのかもしれない。何事も「良い」「悪い」では分けられない「そのあいだ」の部分があるのだと思えるようになった。
自分の思っていることは言葉にして伝えてもいい。気を付けることは何を伝えるのかではなく、どんな風に伝えるかの方だ。言いにくいこともあるけれど、分かり合えるまで何度だって伝え合っていけばいい。
桃。それはとても繊細な果物。
外からは中の様子が分からないのは、人の心と似ている。
内側に触れて初めて、どんな状態なのかが分かる。だからこそ見ようとしなければ見えてこない。
周りの人をよく見ているのと同じくらい、自分のこともよく見て、見えた部分から大切にできるようになればいい。
「さぁ食べよう」私は箱から桃を取り出した。
不慣れな手つきで皮を剥いていく。包丁を入れる度に広がる甘くて優しい匂い。
繊細で、柔らかい桃の中に、今日も私は自分を見ている。
***
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