絵画のなかに見つける「わたし」
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記事:渡邉たかね(ライティング・ゼミ通信限定コース)
昔読んだ本をしばらくしてから読み返すと、最初の時とは違う感想を持つことがある。
本だけでなく映画も、絵画も、鑑賞のタイミングで受け取り方は違う。
その時間経過の中で私が何を体験したのか、何を感じたのか。
そういった自分の経験が、鑑賞物の中の他人のしていること、感じていることと繋がることで圧倒的なリアリティが生まれる瞬間は、私だけでなく多くの人が知っていると思う。
絵画のジャンルで言うなら、私の中で上村松園はその筆頭だ。
この女流画家は様々な女性たちを描いたが、その中に私は女として生きてきた、そしてこれからも生きていく「わたし」の姿を見つけることができる。
松園は明治生まれの女流日本画家で、女性に排他的な画壇で大変な苦労をしながらも美人画を描き続け、戦後に女性初の文化勲章を受章した。
歴史や物語の中の女性や、市井の女性、そして自身も稽古をしていた能楽からも題材をとって、たくさんの女性を描いた。
私が松園の絵に出会ったのは学生時代で、当時大学のサークル活動として習っていた能楽からのつながりで興味を持った。
松園の描く女性たちは、気品があって、そして清潔な色気がある。美しくたおやかだが媚びた感じがしない。それは描き手自身も女性だからだろうか。
小娘だった私は、要するにそういう女性たちに憧れていたのだと思う。けれど憧れを感じてはいても、その頃の私ははっきりと彼女たちを「対象」としてとらえていた。
30代半ばくらいまではよく展覧会に松園の絵を観に行ったが、娘が生まれ子育てに忙しくなってからはすっかり足も遠のいていた。
けれど40代になって8年ぶりに行った小さな展覧会で、私は松園の絵の中に単なる「対象」ではない、「わたし」を初めて見つけた。
松園がそれまであまり題材に選ばなかった市井の女性たちの日常をよく描くようになるのはある時期からなのだが、私自身も、若い頃はそういう日常生活の中の女性たちにあまり興味を引かれなかった。
母子が遊ぶ姿や縫物をする女性などは完全に“スルー”していたのが、不思議なことに、その8年ぶりの展覧会ではそんな女性たちに自然と目がいき、日常の姿に共感できるようになっていた。
最も印象的だったのは、『母子』という絵だった。
女性が、幼子を抱いている。幼子は母親の着物の衿を握りしめ、母の腕から身を乗り出して向こうを熱心にみつめている。『母子』は、そんな絵だ。
幼子のそのふっくらした頬も、自分の服を握る小さな手の強さも、幼子を優しく見つめる母親のまなざしも、そして母親が幼子に感じているであろう愛情も、どれにも私の中に覚えがあった。
このひとは、私だ、と思った。
この時、我が娘は小学生。まだ立って歩くこともできない、言葉も話せない、散歩中の景色を興味津々にただじぃっと眺めていた小さな頃は、たった数年前のことであっても、目まぐるしい子育てのなかですでに遠い記憶になりつつあったが、一気にそれらの記憶が押し寄せてきた。
一方で、その絵は松園が最愛の母を亡くした直後に、追慕の念で描かれたことで有名だった。松園は『母子』を描きながら、自分の才能を信じ支え続けてくれた母との思い出を懐かしみ、母の強くて深い愛を思い出して涙したのかもしれない。
そんな松園の気持ちに思いを馳せながら『母子』を観た時、私はそこに「わたし」と「わたしの母」も見つけたのだった。
私の母は私が娘を産む数年前に他界している。里帰りもできず、甘える人のいない孤独な子育てのなかで、何度となく母の声が聞きたいと思ったものだった。こんな状況の時、母ならどうしただろうと想像したし、母の子育ての話ももっと聞いておけばよかったと後悔した。
だから『母子』の中に「わたしとわたしの娘」と、「わたしとわたしの母」の両方が見えたとき、少しだけ救われた。絵の中の母親の優しいまなざしは、私のものであると同時に、私を見る母のものであったはずだから。
お母さんはきっと、こんな風に私を大切に育ててくれたんだよね?
こんな風に娘を育ててきたことを、私は誇りに思っていいんだよね?
私もお母さんも、頑張ったよね、と。
この展覧会以来、私は松園の絵の中の人物たちに「わたし」を探すようになった。
松園の描く女性たちは、障子に紙を張っていようが、子供とシャボン玉で遊んでいようが、
とにかく美しい。
女性に限ったことじゃないが、当たり前の日常を一生懸命生きる姿って美しいんだ、と希望を持たせてくれる。
次に私を発見するのは、どの絵だろう。花嫁の手を引く母親の姿か、孫と遊ぶ老人か。そしてそこにどんな出来事や思いを見つけるのだろう。
これから生きていく日々を引っさげて、また松園の絵と対面することを楽しみにしている。
***
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