お灸をすえられた話
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:いわし(ライティング・ゼミ夏期集中コース)
「あちっ」
僕が呟くと、周先生はお灸を取り除く。
ここは近所の整体・鍼灸院。今年に入ってから毎週通っている。きっかけは五十肩になって肩が上がらなくなったから。毎週、周先生が丁寧に肩の周りの細かい筋肉をもみほぐしてくれたおかげで、今はすっかり良くなった。五十肩は治る。
僕にはもう一つ身体の悩みがある。極度の寒がりで、冷え性なのだ。一方で暑さには強い。というか熱いと余り感じない。気温が35度でも汗をかかない。今の時期は、オフィスにいるのがつらい。エアコンが効きすぎているからだ。実は下着は夏でもユニクロのヒートテックだ。さらにカーディガンを羽織っている。Tシャツ一枚、さらにウチワを仰ぎながら仕事をしている奴の気がしれない。僕がこんなに寒いのにお前はそんなに暑いのか。だが僕は温度の感じ方に関してはマイノリティなので、自分の身は自分で守るしかない。
そのことを周先生に話すと、自律神経がうまく機能していないため、代謝が悪く、血の巡りが悪いからだと言う。お灸で代謝をよくするツボを刺激するよい、とアドバイスを受けた。暑い時期に始めると効果がよりあるそうだ。そこで「お灸をすえる」施術を受けることにした。周先生は僕の東洋医学の主治医だ。
初回施術日。
まずはおへその下あたり。薄く切った生姜の上にお灸をすえる。生姜を敷くのは、ゆっくりとお灸の熱を通すことと、生姜の成分も染みこませるため。お灸はどこにでもすえればいいというものではない。ちゃんと中国3000年の歴史の中で見つけられてきたツボの上にすえなければいけない。おへその下のツボは「丹田」(たんでん)という。身体の「気」が集まるところだそうだ。「チリチリ」というかすかな音と、藻草が焼ける「焦げた」匂いが漂う。
「5割」、「7割」、周先生が燃え具合をカウントする。
僕はおへその下の「丹田」に集中する。
「あちっ」
「9割いったね。我慢強いね。普通の人は7割ぐらいで『熱いっ』ていうよ」
僕はお灸でも熱さには強いらしい。周先生が燃えた藻草を取り除き、新しいお灸に火をつけて同じ場所にすえる。これを5回繰り返す。
「このつぼを刺激すると精力がつくよ。ふふ」
その効果は別に期待していない。聞き流して、おへその下に集中する。
そういえば、昔、「おへその下に集中してください」って言われたことがあったのを思い出した。色々あって悩んでいた時、何か変わるきっかけになればと思い、座禅体験会に参加した時だ。座禅も、意識をおへその下「丹田」に集中する。坐っていると色々なことが頭をよぎるが、それを振り払って「丹田」に集中する。坐っているか、寝ているかの違いはあるが、お灸も座禅も「丹田」に集中する点では同じだ。
次はうつ伏せになって、腰のあたり4か所のツボにお灸をすえられる。
周先生から、「右、左、真ん中、上、にお灸をすえるので、熱くて我慢できなくなったら、『右』、『左』で言ってください。そしたら取り除きますから」と指導をうける。また「チリチリ」というかすかな音と、藻草が焼ける「焦げた」匂いが漂う。
身体は、うつ伏せ、完全に脱力状態でリラックスした状態。ただただ何も考えず、腰の4点に集中する。それぞれの場所が、じんわりと温かくなっていく。そしてある時に「温かい」から「熱い」に変わる。「熱い」と感じても、他には何も考えないようにする。頭の中を「無」にして「熱い」ことを受け入れる。
「腰の4か所が熱い、腰の4か所が熱い、ありのままに感じている」
お灸は我慢でも、罰ゲームでもないので、熱ければ「熱い」と言えばいいのだが、「熱い」ことをただ受け入れる。「チリチリ」というかすかな音と、藻草が焼ける「焦げた」匂いも受け入れる。
「熱い」が刺すような「痛み」に変わったとき、素早く「あちっ、右」と呟く。続いて「左」、「真ん中」、「上」。うつ伏せでも4か所のツボに5回ずつ、お灸をすえられる。繰り返すうちに、身体はさらに脱力して、満ち足りた気分なっていく。
「はい、おしまい」
周先生の声で、目を開けた。
「じゃあ、また来週の11時ね」
香りのよいジャスミンティーを飲みながらお支払いと来週の予約を済ませた。
外に出て伸びをした。
周先生の整体マッサージの後も身体中がほぐれて爽快だが、お灸をすえられた後も、なんだか爽快で身体と気持ちが軽かった。歩きながら、いろんなことが頭の中に戻ってきた。そして一つの言葉が入ってきた。
「マインドフルネス」
マインドフルネスは、リラックスして「今この瞬間」に起こっている身体の内外に起こっていることに集中している心理状態やその状態に向かうプロセスのこと。Googleが社員研修に導入したことがニュースになったり、少し前からブームになっている。効果としては、ストレス軽減、免疫力のアップ、集中力、記憶力、創造性、共感性など様々な脳の能力が高まると言われている。
僕はお灸をすえられながら、マインドフルネスも体験していたのではないか。
西洋医学がなかった江戸時代に、持病を抱えて町医者にお灸をすえられていたお大名や町の人々も、実はマインドフルネスを体験していたのではないか。
第二回施術日。
次の週も同じ施術を受けた。終わった後の身体と気持ちが軽い感覚は同じだった。
江戸時代に、お灸で病気が治った人たちは、お灸でツボを刺激されることで病気が治ったのかもしれない。加えて知らずに体験していたマインドフルネスの結果、検疫力がアップして病気が治っていたのかもしれない。
寒がり、冷え性を治すには、当面の間、施術を受ける必要がありそうだが、毎週マインドフルネスも体験すると思えば、「お灸をすえられる」価値はありそうだ。
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