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娘と彼との三角関係


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記事:神谷玲衣(ライティング・ゼミ 夏期集中コース)
 
 
娘はいつも彼に嫉妬する。
私が彼の話ばかり聞くといっては、またほっぺたを膨らませている。
その娘の気配も感じずに、彼はお構いなしに私の手を握ってくるので、私は娘の手前少し、ばつが悪い。
これが毎日の、娘と彼との三角関係だ。
 
最初に彼と出会ったのは、正面から昇る朝日に照らされた、田舎道の途中にある空き地だった。時間は朝の7時15分。
そこは娘の小学校の、集団登校の集合場所だった。
 
我が家は学区の端にあり、学校から一番遠い地区だったので、集合場所から学校までは40分もかかる。娘は2年生の終わりに、その学校に転校した。それまでそんなに長い距離を歩いて登校したことがなかったので心配だったが、思いのほか、毎日みんなと楽しく歩いていた。
 
私は、初めての土地でまったく知り合いもいない。まだ何も初めていない空白の時間を埋めるため、運動不足を解消するため、毎朝子供たちと一緒に歩くことにした。そして、彼と知り合ったのだった。
 
彼の名前は、R。
少しくせっ毛で、人懐っこさを感じさせるくりくりっとした澄んだ目をしていた。
初めて会った日から、彼はいきなり、私に興味津々といった感じで話しかけてきた。
 
「おばちゃん、Kちゃんのお母さんなの?」
 
娘が2年生、彼は1年生だったが、その1年の差が彼をことさら幼く感じさせた。
 
「うん、そうよ。ぼく、お名前は?」
「Rだよ」
 
そんな感じの始まりだったと思う。
 
毎朝の登校班が整然と並んでいるのは、最初の出発の時だけだった。
他の地区の登校班はきちんと並んでいるのに、私達の地区の子供たちはぐちゃぐちゃになって学校に到着するのだった。
遊びたい盛りの小学生に、何もない田舎道を、40分も静かに整列して歩けというほうが無理というものだ。
 
「わ〜! 見ろよあれ、すげ〜!」
「わっ! 気持ち悪〜い」
「ちょっと〜、押さないでよ!」
「おい、やめろってば!」
 
なにごとかと驚いて、急いで前を歩いていた子供たちの方に走っていくと、子供たちの頭越しに、アスファルトの上でいびつな形で倒れている、轢かれたたぬきが見えた。生まれて初めて轢かれたたぬきを見た私は、心臓がバクバクした。娘は怖いもの見たさで、私のそばから離れてみんなの方に走っていったが、子供たちの後ろで立ちすくんでいる私の横にはRがいた。「おばちゃん、怖いの?」と、私の手を握ってRが笑った。
 
別の日は、田んぼの用水路になっている小川に、高学年の男子が黄色い帽子を落としそうになった。帽子のゴムに手をかけてブンブン振り回し、友達とふざけている間に、勢い余って飛んでいってしまったのだ。小川の土手に落っこちた帽子を棒きれで取ろうと、思いっきり手を伸ばしているその男子を囲んで、十数人の子供たちは蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。
 
娘はそんな男子たちに呆れ顔で、少し離れた場所から見ている。私は仕方なく、近くで事の顛末を見守るが、そんなときもRは騒ぎに加わらずに、さりげなく私のそばにいた。
 
毎朝、私と娘は手をつないで歩いていた。私が車道側を歩き、その右側を娘が歩くという不文律が出来ていたのだが、気がつくといつの間にか、私達二人の周りをRがまとわりついて歩いていることが多くなった。
 
日を追うごとに娘が不機嫌になっていった。Rのおしゃべりが止まらないからだ。娘も負けず劣らずおしゃべりなのだが、娘と私の会話にいつの間にかRが割り込んでくることが多くなった。小さい子供のおしゃべりは、時として暴力的なほどの勢いを持つが、Rもご多分にもれず、ノンストップで喋り続けるので、私はいつも、どこで話を切り上げようかと苦心しながら聞いていた。
 
しかもRは娘の前で私の手を握るのだ。2年生とはいえ、まだまだ「ママ〜!」なお年頃である。娘の嫉妬は膨れ上がっていった。
 
私は娘の手前、少しRに冷たくするようにしてみた。いや、娘のために、というのは言い訳で、あまりにも熱っぽいRの態度に、私自身疎ましさを感じるようになった、というのが正直なところだった。
 
Rのお母さんの話を聞いたのは、そんな頃だった。
彼のお母さんは数年前、まだRが幼稚園の頃に、若くして乳がんで亡くなったのだという。
 
その話を聞いたとき、私の脳裏に毎朝の出来事がフラッシュバックした。
いつも私の手を握りたがったR、他の子供とは違う距離感で、いつもつかず離れず私のそばにいたR、娘の気分もわからずに話し続けて、私を独り占めしようとしていたR。
 
急に彼のお母さんの想いが、わーっと私の胸の中になだれ込んできた。
 
どんなにか、Rと手をつないで歩きたかっただろう。
どんなにか、Rの話を聞いてあげたかっただろう。
毎日毎日、Rを抱きしめてあげたかったに違いない……。
 
彼のことを疎ましく思った自分がひどくエゴイスティックに思えて、幼い彼を残して逝ったお母さんの切ない気持ちが胸に刺さって、どうしようもなく涙が溢れてきた。
私が彼のお母さんになれるわけではなかったが、それでも私にはRのお母さんの気持が手にとるようにわかってしまったのだった。
 
それからはまた3人で歩く日が続いたが、結局Rは変わることはなかった。
娘が仏頂面をしているのも気にせず、私たちにまとわりついて歩いているし、おしゃべりは相変わらずノンストップだった。
 
尽きることのない話を聞きながら、私はRの手をぎゅっと握った。
きっと、彼のお母さんがしてあげたかったであろうことを、たくさんたくさんしようと思った。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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