「最近、どんなサービスに感謝しましたか?」
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:高木昌平(ライティング・ゼミ平日コース)
レシートと2時間無料の駐車券を受け取り、「駐車料の追加は300円ぐらいか」と想像しながら、ファミレスを出た。1階は柱だけの駐車場、2階はファミレス。日陰になる1階がタッチの差で満車になり、大通り「出入り口」そばに位置する「2番」に停めたことを思い出した。
日曜日の昼下がり、気温は35度を超えていた。パソコンと資料の入ったカバンが重かったので、「精算の前に助手席に置こう」と車のドアに手を掛けようとした瞬間、世界が暗転した。私は「出入り口」を示す大看板のフチに頭をぶつけた。
2階ファミレスの玄関前にいた店員とUber Eatsの配達員が、こちらを見ていた。
カバンを助手席に置き、平静をよそおい精算機に向かった。2人に背を向け、痛みに手をやり、「テニスボール大の膨らみ」と「生暖かい液体」に触れた。ギョッとした私は、ファミレス近くの赤十字病院の救急外来に飛び込んだ。
待合室には私以外に14人いた。警察官2人と看護師が立ったまま「スポーツ中に心臓発作を起こした患者」の話をしていた。一つ後ろの長椅子には、宅配業のユニフォームを着た男性が、肩から腕に怪我をして苦しそうだ。その後ろでは、看護師が20歳代男性を問診中で「急に激しい頭痛と吐き気に襲われた」という声が聞こえる。更に一つ後ろに、奥さんの調子が悪くなった中年夫婦。4つほど空けて、老夫婦、夫婦、子供2人の6人。夫婦は「診察室にいるもう一人の子供の入院」のことで連絡に忙しそうだった。
待つこと40分ほどで私の順番になった。「頭痛」「顔面の違和感」「視力低下」「歩行障害」「吐き気」「しびれ」などのチェックを受けた後、「現時点で異常は認められません。脳の内部画像をとる必要は無いです」と診断の結果を告げられた。「2日ほどここに書かれたことに注意し、問題なければ再診は不要です」と「頭部を打撲した方への注意点」という文章を渡された。
「脳震とうを起こして戸惑いましたが、診察してもらい安心しました」と感謝する私に、
「お大事に」と宿直の医者は笑顔で応えた。
私は1時間半ほどで、「安心」というサービスを提供してもらった。
会計を待っていると、待合室にいた14人も、それぞれの「安心」を受けとり、去っていった。「何年ぶりに医者に来たのだろう?」私は誰もいなくなった待合室を見回した。
医者が病やケガを魔法で治すわけではない。経験と検査、薬と手術など、素人には想像しきれない要素が複雑に絡んでいる高度なサービスだ。
一見すると、当たり前に運用されているように見える。しかし、知識を学んだばかりの医大生に、いきなり「やれ」と言っても、ミスをしまくり成り立たないだろう。
医療事故が起こると大騒ぎになるけれど、複雑な仕組みを当たり前のように運営していることを、ホメる人は少ない。ひとつ手順を間違えれば、患者さんが死に至る。緊張を伴う究極のサービスなのに。
考えてみれば、当たり前に運用されているように見える裏に膨大な苦労があるのは、医療に限ったことじゃない。
例えば、大看板に頭をぶつけたファミレスも同じだ。
私はそのファミレスで、日曜日のお昼から数時間を過ごすことが多い。インターネットへの無料接続サービス、飲み放題のドリンクバー、当たり外れの無い味、味に見合った価格、明るい店内、広い駐車場、長時間席を占有しても干渉されない接客、などが気に入っているからだ。コロナ禍での感染症対策や宅配サービスなどにも真摯に対応している。
ボーッとした新人アルバイトもいるが、その彼も先輩アルバイトの指導を受ける眼差しは真剣だ。当たり前に見えるサービスの裏には、行動の積み重ねがある。
例えば、ゲームでも同じだ。
コロナ禍で「あつまれどうぶつの森」が大ヒットしている。その世界観は、現実と同じ時間軸の下、ゲームの世界で人と交流できる「もう一つの現実」だ。
その仮想現実空間を発明した会社もまた、医療同様に究極のサービスを提供している。あれだけ膨大なシステムをバグなしで動かすまでに、どれだけのテストを繰り返したのか。気の遠くなるような苦労の末に、当たり前に動き、コロナ禍に希望を提供するゲームが世の中に出ているのだろう。
そんな仮想世界を舞台に、多種多様なサービスが生まれている。職種はガーデニング事業者からフォトグラファー、デザイナー、ウェディングプランナーまで幅広い。起業家精神にあふれるプレーヤが「わたしたちみんなが陥っているコロナ禍で、本当に人の力になるものをつくることができたという事実がうれしいんです」と、インタビューに応えていたのが印象的だ。
医療にしても、飲食にしても、ゲームにしても、サービスが当たり前に動くのは、たくさんの人が「人の力になるものをつくろう」と取り組んだ成果だ。更に言えば、私たちの現実世界を支えている全てのサービスは、裏に膨大な苦労があるからこそ、正常に動いている。
日曜日に出会った人々、医者も、看護師も、病院の受付も、警察官も、宅配業者も、ファミレス店員も、Uber Eats配達員も、必要不可欠なサービスを当たり前に動かすために頑張っている人たちだ。
看板に頭をぶつけてから5日経ち、テニスボール大だったタンコブは1円玉ほどに縮んだ。反比例するように、「人の力になるものをつくりたい」という気持ちが育ってきた。
全てのサービスの土台になっている思いと努力を想像し、「全てのサービスに感謝しながら利用しよう」と、私は心に誓った。
《終わり》
***
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