甘い話に魅せられて
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甘い話に魅せられて
記事:高橋拓希(ライティング・ゼミ日曜コース)
気温マイナス30度。寒いというより痛い。
マフラーだけでは事足りず、分厚いダウンジャケットのフードを深くかぶり、外から見えているのは私の目元だけ。
語学学校からの帰路、真っ白で、スケートリンクのように滑りやすい道を、足取り重く歩いていると、目の前に黒のワンボックスカーが止まる。
ゆっくりとサイドミラーが開き、中にはブロンドの髪をオールバックにしている、30代前半であろうか、白人男性がこちらに視線を向けている。
「もしかして、日本人ですか?」
唐突な質問。
ネイティブではない。しかし、ヨーロッパなまりの聞き取りやすい、キレイな英語である。
「はい、そうです」
「やっぱり! 私は日本が大好きなんです。少しお話ししませんか?」
なんだそれは。怪しすぎる。
しかし、紺のスーツに、さわやかな淡いブルーのシャツ、そして純粋無垢を思わせる笑顔。この清潔感と、「日本好き」という言葉が、私の彼に対する不信感を取り除き、車の中へ引き寄せた。
「サッカーについて詳しいですか? 私はイタリア人なのですが、中田英寿や、本田圭佑、長友佑都などイタリアでプレーしていた日本のプレイヤーは素晴らしいと思います」
柔らかい口調で語りかけてきた。
サッカーについて、あまり詳しくはないが、もちろん、このスター達のことは知っている。
好きな選手。この年に行われるワールドカップの優勝予想。サッカーの話で盛り上がる。頭の中で、日本語から英語に書き換えるタイムラグがなく、ポンポンと自分の考えが相手に伝えられている。それが嬉しかった。ただ英語でコミュニケーションが取れているといことが嬉しかったのだ。
私はカナダのトロント という場所に留学している。
大学を1年間休学し、フィリピンとカナダの2ヶ国、計1年間の留学。決まっていた就職先を辞退までして。
だからこそ、必死だった。結果をださなければならない。4年で卒業するはずが、5年を超える。それに相応しい結果を。
そのイタリア人男性とコミュニケーションが不自由なく取れたという事実が、自分のやっていたことが無駄ではなかった、そう感じた瞬間である。
しかし、ここから事態は違う展開を迎える。
「実は私はイタリアでファッションデザイナーをしていて、ファッションショーがあるから、このトロントに来たんです」
ほー。それでそれで。
「あなたはいい人です。だからそのファッションショーで余った、ジャケットをあなたにプレゼントしたいんです」
男は、フェラーリのロゴマークがついた黒の革ジャンを2着、私の目の前に差し出した。
そして、本物であることを証明するために、ライターの火で革ジャンをあぶる。本革は火を浴びても大丈夫らしい。
私は革ジャンを着ない。だから、いらない、と断った。
しかし、もし使わないのであれば、ショッピングモール内のアパレルショップに行けば買い取ってくれると、その男は言う。
もらっても損はないし、まだ未発売のジャケットだから高く売れる。私の邪心がそう納得させた。
続けて男は、
「私は今からイタリアに帰らないといけないんです。妻が妊娠していて次男が生まれるんです」
長男らしき子どもと妻が写っている写真を、必死に私の目の前にやる。
「でも…… クレジットカードが上手く使えなくて、飛行機のチケットが取れていないんです。どうしても、妻の出産に立ち会いたい。だから、キャッシュを僕に貸してくれませんか?」
一瞬、時が止まり、私は狼狽た。
目の前にいる人が困っている。だが、提示されたお金、10万円を私は持っていない。どうしよう。
あたふたしていると、
「ある分だけでいいよ」
妙に冷たかった。
まぁ革ジャン売ればいいか、と思い、私は持っていたお金、日本円にして約4万を手渡した。ネットバンキングを利用して後日、イタリアから振り込んでくれるらしい。倍返しで。
「ありがとう、じゃあね」
男は足早に去っていった。
ちょっとした高揚感を持って、私は再び、ノロノロと帰路に立つ。
お気づきかと思いますが、もちろん渡したお金は返ってきていません。
しっかりと詐欺られました。言わずもがな、革ジャンもフェイクレザー。
お人好しというか、警戒心がないというか。海外にいる「日本好き」というのが、なんだか嬉しかったのかな。認められているようなそんな感覚があったのだろう。
怒りはなかった。自責の念に苛まれるだけ。生きているだけラッキーである。
ミツバチが甘い蜜の花に吸い寄せられるように、私は誘惑に引き寄せられた。目の前の革ジャンを売れば、楽してお金が得られる、という甘い誘惑に。
よくよく冷静に考えれば、おかしな話であったはずだ。
でも、それが何か、本当はいい人なのだろう、信用しても大丈夫だろう、という期待を持ってしまった。
普段の生活の中でも、こんな誘惑はたくさんあるのではないだろうか。
「楽して稼げます!」「たった1週間で人生変わります!」
などの謳い文句と、それらしい内容を述べた広告が、SNS上のタイムラインに毎日のように流れている。
期待を持って、これらに反応する人も少なくないはずだ。
結局は、どこかでお金を払わなければならない仕組みになっていて、まぁ、それがマーケティングってやつかもしれないが。
もちろん、そういった類の広告全てがダメだというわけでは決してない。
しっかり吟味すること。これが大切だと思う。
詐欺られた4万円でへこたれ、ネガティブになるのではなく、4万という勉強代を支払って笑い話のネタと教訓を得たのだから、それでいいじゃない。
この経験は、失敗を生かして次に進むきっかけになったと思っている。失敗から学び、負けパターンを知るというのはとても貴重なことで、同じを過ちを繰り返さないように努力、対策すればいい。
損したり、辛い出来事は強いインパクトを持ち、頭の中に残り続ける。
しかし、その出来事をどう捉え、どう生かすかは自分の反応次第ではないだろうか。
終わり良ければ全てよし。
自分の人生の終わりを良く迎えるために、失敗をプラスに変えていこう。
***
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