恩師が教えてくれた「生きるということ」
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:北林万里奈(ライティング・ゼミ日曜コース)
中学時代、私の人生を変えてくれた恩師に出会いました。所属していた演劇部の顧問の先生です。
当時の私は反抗期をこじらせて、授業もテストもまじめに受けない典型的な問題児。
演劇部には友人の誘いで入部したのですが、地道な基礎練習や真剣な稽古に取り組めるはずもなく、ふざけてばかりで先輩に叱られ続けていました。
その様子を見ながら「しょうがないわね」とニコニコしていた顧問の先生。
私の悪ふざけの度が過ぎたときだけ、はっきりと指摘してくれました。ベテラン教師の説教は上手にかわせる私でしたが、当時28歳の女性教員が向ける眼差しにだけは、なぜか逆らうことができずにいました。
そんな先生に教わったのは「生きるということ」です。
中学3年生の秋、演劇コンクールの関東大会に出場することが決まりました。
私が演じることになったのは、「台風のように現れるムードメーカー」という重要な役どころ。演じる側も楽しくなるような、ひょうきんなキャラクターです。
憧れの檜舞台に立つ日に向けて、稽古の緊張感もひときわ高まりました。猛特訓の日々が続き、みんなの表情から笑顔が消えていきます。
そのプレッシャーからか、私は突然部活に行くことができなくなりました。
心配した仲間から声をかけられるたびに「今度行くから大丈夫」と誤魔化していましたが、そのうち本番の日まで2ヶ月を切ってしまったのです。
その間、先生やコーチからの連絡はありませんでした。
よほど怒っているのか。それとももう代役が立っていて、私はいらないのだろうか。
行くべきか、やめるべきか。不安な日々が続きました。
数ヶ月ぶりにおそるおそる部室のドアを開けると、50個ほどの目がいっせいに私を見ます。
私の目は真っ先に、顧問の先生の方を向いていました。
「そこに座って。見ていなさい」
落ち着いた声で先生が言いました。言われたとおり、客席側の正面の椅子に腰掛けます。その反対側、舞台の袖に立った先生が「はじめよう」と部員たちに声をかけました。
はじまったのは私の登場シーンでした。
先生が舞台の袖から飛び出して、セリフを放ちます。情感を込めて演じる先生の手には、台本がありません。先生が今まで代役をつとめてくれていたのだと、そこで気づきました。
先生の迫真の演技を目の当たりにした私は愕然としてしまい、一幕が終わってからもその場を動けません。
「来て! やってみて!」
先生が大声を張り上げます。私はあわてて舞台側に回りました。
同じシーンを演じようとしますが、台詞と演技のタイミングを忘れてしまっていました。動きは体が覚えていても、この役をどんな気持ちでどう演じていたのかが、思い出せないのです。
先生は途中で何度も稽古を止めながら、辛抱強く指導をしてくれました。
もっと全身を使って。お腹から声を出して。そんなもんじゃないでしょう。もっと出せる。もう一度。
同じシーンを何度も繰り返して、途中から自分が何をしているのかよくわからなくなりました。最後の方はほとんど叫んでいました。
苦しくて、逃げたくて、終わりが見えなくて、上手くできない自分に腹が立って、情けなくて、必死でした。
「よし、OK! いい演技だった!」
やっとOKをもらったときには、立つこともできないほどでした。こんなに必死になったのはいつぶりだろうか、と思いました。
肩で呼吸をする私の隣にしゃがみこんだ先生との短い会話を、私は今でも覚えています。
「苦しい?」
「はい」
「大変?」
「はい」
「やめたい?」
「……いいえ」
「今、充実してる?」
「……はい」
彼女は私の背中を叩くと、真剣な眼差しを私に向けて言いました。
「それがね、生きるってことなの」
私は涙が止まりませんでした。
全力で人にぶつかり、全力で受け止めてもらったのは、人生でこれが初めてでした。
それから1ヶ月半、なんとか駆け抜けることができました。
大会当日、先生と何十回も練習した登場シーンでは、会場が一体となって笑ってくれました。
壁に当たるのはつらいもの。苦しいもの。逃げたくなるもの。
それでも必死でもがいて、乗り越えた先にある景色は、こんなにも美しい。
未熟な私に先生が教えてくれたのは、「生きるということ」そのものでした。
あれから15年。私は今、当時の先生と同い年です。
先生のような大人になれたのかはわかりませんが、傷ついたときや挫けそうになったときは、先生の燃えるような瞳を思い出します。
私も、人に向き合える、人生に向き合える人になりたい。
前に進む勇気が出ず、迷っている誰かの背中を押せる人になりたいと、そう思っています。
《終わり》
***
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