仮面を無理に外す必要はないということを教えてくれたカウンセラーさんの言葉《週刊READING LIFE vol,98「 私の仮面」》
記事:雨辻ハル(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
オフィスの玄関をくぐったとき、いや車を降りた瞬間かもしれません。そのとき、気の抜けたありのままの私から、仕事モードへと切り替わるのです。
職場用の仮面をつける。
仮面をつけるというよりは、仕事用の顔をすると言った方がわかりやすいかもしれません。あなたも同じような感覚を持っているのではないでしょうか。
どれだけアットホームな職場でも、どれだけ上司と仲が良くても、職場で自室にいるときと同じように、気の抜けた態度や言動などをすることはできません。職場でそのようなことをするのは、失礼に思われてしまいます。なので、私はありのままの私を隠すように、職場用の仮面を被るのです。
他にも、自宅用の仮面、友人の家用の仮面、恋人の家用の仮面、親戚の家用の仮面など、場所に応じた仮面を私は使い分けています。自宅で他人行儀な態度をとるのは違和感ですし、友人の家でだらけてしまうのは相手への失礼だと思われてしまいます。その場所にあった適切な仮面を選択し、付け替えているのです。
また場所だけではなく、関わる相手によっても私は仮面を付け替えています。
上司、同僚、友人、恋人、親など、相手との関係を考えて、その人に合った仮面を付けています。上司と友人で同じように接することはあり得ません。例えば一人称。上司が相手のときは、「私」や「僕」などを使い、友人のときは「僕」や「俺」という一人称を使います。上司に対して俺という一人称を使うことは失礼ですし、反対に友人に対して私を使うのも、どこか仰々しさを感じさせてしまいます。もちろん友人にも私という一人称を使っている人はいるのでこの限りではありませんが、私はこのように考えています。
このように私は関わる人、自分がいる場所に応じて、適切に仮面を付け替えているのです。
このことは、これからモンスターと戦いに行く前に装備を変更するようなものだと思っています。例えば、モンスターハンター。モンハンをプレイしたことがある人はお分かりかもしれませんが、このゲームには様々なタイプのモンスターが登場します。火が弱点だったり、水に強かったりなど、モンスターによって特徴があります。そのモンスターを倒すには、プレイヤーの技術ももちろん必要ですが、それと同じくらい装備が必要になってきます。これから水に強いモンスターと戦いにいくのに、水属性の武器を使うのは、倒せる確率を低くしてしまいます。そうではなく、そのモンスターはどの属性が弱点なのか、事前に把握して把握して、その属性の武器を使う方がいいのです。
現実では、ゲームのように相手を倒すわけではありませんが、関わる相手によって装備を使い分けることは必要になってくると考えています。この装備が仮面なのです。
適切に仮面を付け替えていたと思っていた私ですが、「どれが本来の自分なのかわからなくなった」ということで悩むことが多くなりました。
子供のころは、友人や親、先生など関係なく、誰にでもありのままの私で接してきました。仮面をつける必要はありませんでした。分け隔てなく、素直に自分の感情を出したり、行動したりしていました。友人たちに気を遣うということはなかったと思います。
そんなありのままで振る舞ってきた私に転機が訪れます。それは小学校4年生の時でした。小学校高学年にもなると、それまで平坦だった私たちの関係性に徐々に差が出てきます。俗に言う、スクールカーストというものが誕生し、クラスの中での序列が決められていくのです。上位にいる人はスポーツができたり、面白かったりと常にクラスの中心にいるような存在の人でした。自然に周りに人が集まってくる、そんな人たちばかりでした。
私は上位でも下位でもない中間くらいに位置していました。どちらかと言えば上位寄りの立ち位置で、上位の人たちの取り巻きのような存在でした。上位の人たちから嫌われてカーストが下げられてしまうことがとても怖かったのです。常に上の人の顔色を伺い、嫌われないように、関係を悪くしないように、毎日必死で学校生活を送っていました。
自転車を貸したり、エコ贔屓をしたり、宿題を写させてあげたり。幸いにも金銭のやり取りがなかったことはよかったのですが、上位の人たちに言われたことはできる限りしてあげていました。嫌なら嫌と言えばいいじゃんと思うかもしれませんが、言った後の学校生活のことを考えると言うことなどできませんでした。
このカーストは小学校を卒業するまで続きました。中学校では中学校のスクールカーストが誕生するのですが、関わる人や場所によって仮面を付け替え始めたことに大きな影響を与えたのは小学校のころのスクールカーストでした。これが私に他人に嫌われたくない、変に思われたくないという潜在意識を植え付け、仮面をつけさせるようにさせたのです。
小学生のときから仮面をつけ続けていた私でしたが、その仮面という存在を認識していませんでした。子供のころから他人によって態度を変えていたので、いつの間にかそれが当たり前になってしまっていたのです。その仮面という存在を意識するようになったのは大学生のときでした。
「態度が変わりすぎてどれが本当のあなたかわからない」
当時お付き合いをしていた恋人に言われたこの一言によって仮面という存在に気付かされます。恋人と付き合っていく期間が長くなると、いろいろなところに訪れる機会が増えてきます。恋人の家に遊びに行ったり、私の家に来てもらったり、友達に紹介したり、紹介されたり。機会が変わる度に態度が変わる私を見て、恋人は本当の私がわからないと疑問を持ったそうなのです。
「自室にこもっているときの私」
「親の前での私」
「恋人の前での私」
どれも本当の私なのに、違う私が演じているような感覚を抱きました。自室にこもっているときの人格、親と接するときの人格、恋人と接するときの人格というように、いくつかの人格を私は持っていて、その人格を変えて生活しているのかと思いました。
「どれが本当の私なのだろう」
「ありのままの私って何だったっけ」
このようなことを悩む機会が増えていきました。考えれば考えるほど自分がわからなくなってしまう、デフレスパイラルのようになってしまっていたのです。
たまに会って話すような関係ならまだしも、恋人のように深く付き合う人との接し方がよくわからなくなってしまいました。どの仮面をつければいいのだろう。仮面の選択ができなくなってしまったのです。どのように接することが正解なのかわからない。ありのままの自分で接するべきなのでしょうが、そういう自分さえわからなくなってしまっていたのです。
考えれば考えるほどわからなくなっていた私を救ってくれたのは、同じ職場のカウンセラーさんでした。彼女は、私の親くらいの歳ということもあって、知り合いというよりは母親のような存在の方です。デスクが近いこともあり、いろいろな相談をしています。恋愛相談もしたこともあるし、職場の人間関係で悩んでいるときも毎回相談に乗ってもらっていただいています。実の母親より相談することが多いかもしれません。そんな彼女と会話をしていた時に、思い切って悩みを打ち明けてみました。
「他人に合わせすぎて、どれが本当の自分かわからないんですよね」
恋人に言われたことがずっと頭の中にあること、考えれば考えるほどわからなくなってしまうことなど、私がこれまでに悩んでいたことを素直に話しました。彼女はうんうんと私の相談を親身になって聞いてくれました。私の話が一通り終わると、彼女は開口一番こう言いました。
「それってさ、全部自分だし、いいんじゃないの? 悩む必要ある?」
恋人と一緒にいるときの私、職場で仕事をしているときの私、家にいるときの私、それらは全て同じ「私」なのだから、人や場所で変えることは悪いことではない。変えるということは、周りとの関係が上手くいくように役割を演じているだけのことだから悩む必要もないと彼女は私にアドバイスをしてくれました。
「仮面じゃなくて、着ぐるみだと考えるといいよ」
相手や場所によって役割を変えるということは、着ぐるみを着ることだというのです。仮面ではなく、着ぐるみ。彼女が言うようには、人は「大人」「親」「子供」の3つの基準を使い分けるそうです。大人は損得、親は良し悪し、子供は好き嫌いで物事を判断するというのです。例えば、社長という立場の人は、新しい事業を展開するときには損得で判断しなければなりません。この事業は会社にとって損になるのか、それとも得になるのかで決めなければならない。なので社長は損得の判断ができる大人を演じるための着ぐるみを着るのです。教師は親の着ぐるみを着ています。生徒に良いか悪いかを判断して物事を教えなければならないからです。どれだけ得をすることでも、それが生徒にとって悪いものであれば、教えてはいけないのです。
このように、自分の地位や生活している場所、選択に合った着ぐるみを着て、演じる役割をはっきりさせているのだと彼女は言います。
私はこのことを聞いて、こう質問しました。
「なぜ着ぐるみを着て役割をはっきりさせないといけないのですか?」
彼女はこう答えます。
「周りとの関係が上手くいくようにするためにみんな着ぐるみを被るの」
社長が自分のお気に入りの社員を、能力がないにも関わらず、昇格させてしまったから職場の雰囲気が最悪だ、という愚痴話を耳にします。その社長は大人の着ぐるみではなく、子供の着ぐるみを着てしまっているがために、間違った昇給をさせてしまったのです。これでは他の社員の反感を買ってしまいます。損得で判断するのではなく、好き嫌いで物事を判断してしまっているからこのようなことが起こってしまうのです。どれだけお気に入りの社員でも、会社にとって損得で判断しなければなりません。その人の昇級が会社にとって損となるのか、得となるのかを大人の着ぐるみを着て判断するべきなのです。
自分の立場にあった着ぐるみを適切に着ること、すなわちその場にあった役割を演じることで、周囲との関係が上手くいく。
「あなたのようにどれが私かわからなくなって悩んでいる人も多いけど、どの着ぐるみを着ていたとしても、それは自分なんだから悩まなくてもいいんだよね。ただその場にあった役割を演じているだけだから」
そして最後に彼女は、私にこう伝えてくれました。この彼女の言葉が私を長年の悩みから解放させてくれた、そんな気がしました。どんな仮面を被っていたとしても、悩まなくていいんだと強く背中を押してくれました。
その言葉を信じて私は今日も仮面を付け続けています。
□ライターズプロフィール
雨辻ハル(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
愛知県知多半島出身。
学生時代からローカルや移住に興味を持ち、地元のために何かやりたいと考えていた。天狼院書店のライティング・ゼミを受講したことがきっかけで、20年以上住んでいる知多半島の魅力を記事にして発信したいと思うようになり、現在は「知多半島の魅力を知多半島民に伝える」をテーマにしたブログを執筆している。信仰、宗教、民俗学の視点から知多半島を切り取った記事も書いていきたいと考えている。
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