あべこべな生物
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:佐々木 洸大(ライティング特講)
※この文章は完全なるフィクションです。
風が強く吹き乱れる中、N氏は人が死ぬには十分であろう高さの崖から身を投げ出した。
寝る暇も削られながら社会の荒波に飲まれ、今日まで何とかやってきたが、もう限界だ。生きていくには金が必要だが、死んでしまえばなんてことはない。日々のしがらみからは完全に開放される。
程なくしてN氏は地面に墜落したかの様に見えた。しかし不幸にも彼の体は突如やってきた横風によってちり紙のように吹き飛び、崖からすぐ近くにある窪みにその身を打ち付けた。N氏は遠のいていく意識の中、自殺に失敗したことをただ察した。
N氏は深い眠りから目を覚まし、あたりを見回した。
どんよりとした灰色の天井、薄く固まった布団の感触、紛れもないN氏自身の部屋である。程なくしてN氏は自分が夢を見ていたことに気づいた。自殺をする夢を見ていたらしい。そして偶然なのか、彼は今日まさに自殺をする予定だった。それを決行しようという日にこんな夢を見るとは、N氏は内心で小さな不安を感じていたが、いまさら自殺をやめるという選択肢もなく足早に外に出た。
自殺の方法を彼は既に決めていた。日頃出勤に使う駅の、線路への飛び込みだ。自分のことを家畜のように扱ってきた会社に、少しでも傷跡を残そうという考えだ。醜く、陰気な復讐である。
程なくしてN氏は駅にたどり着き、飛び込む電車もやってきた。N氏はまもなくやってくる死へと対面するため、黄色い点線の外側へと歩みを進めた。ふと、ここでN氏は違和感を覚えた。何か視線を感じる。周りを見渡すと電車を待つ人々が自分を好奇の目で見回していた。点線から外に出るのが早すぎたか、それとも彼があまりにも死んでしまいそうなオーラを身に纏っていたのかどちらが原因か定かではなかったが、視線が視線を呼び、次々と人だかりが出来てきていた。中には写真や動画を撮り始める者までいる始末だ。N氏はひどく落ち着かない気持ちになった。そうこう考えているうちに、電車はもう目の前までやってきている。N氏は意を決して線路に飛び込んだ。
死ぬ間際は世界がスローモーションに見える、などということは無く冴えない中年男性は高速で電車と衝突した。つんざくような衝撃が体の中を駆け巡る。体に衝突した鉄塊は心臓を潰し、骨を粉々に砕いた。痛い。とにかく痛い。激痛が止まない。予想はしていたがここまで永遠に痛みを感じるとは、N氏はただひたすら反芻する痛みに苦しんだ。ああ、こんな死に方しなければよかったのだ。死んでしまうことにもう躊躇いはないが、苦しむことは嫌いだ。意識が都合よく切れて冥土まで連れていく、など単なる迷信ではないか。そもそもとして線路に飛び込むという方法自体がナンセンスだったのだ。目に入った人々の好奇な視線も、飛び込んだ後のつんざくような悲鳴も、この耐えようもない痛みも、人生の最後にしてはあまりにも陰惨ではないか。N氏は痛みから気を逸らすためひたすら思考を重ねた。もっと他の死に方があったのではないか。練炭自殺なんてどうだっただろう。いや、あれも失敗して生き延びようものなら後生半身不随だ。拳銃自殺ならどうだろうか。いや、そもそも今時拳銃が手に入らない。何か、もっといい死に方があれば……
「本日のご利用は、ここまでになります」
機械的な音声が館内に鳴り響く。均一に配置された十数個はあるカプセルの中で、患者の一人は目を覚ました。傍にいた看護師はタオルケットと点滴を持って、カプセルから出てきた患者に歩み寄った。
「N様、三日間のカプセル療法、お疲れ様でした」看護師は尋ねた。
「ああ」N氏は相槌を打つ。
「お加減はいかがですか。長期にわたる治療でお疲れでしょう」
「いや、調子は良い。むしろまたすぐにでも同じ治療を受けたいのだが、いいかな」
「……短期間に更生治療を繰り返すと現実との区別がつかなくなってしまいますので、最短でも一週間程お時間をいただくことになりますが、それでもよろしければ可能ですよ」
「なるほど、では最短でお願いしたい」
N氏は看護師から点滴を受け取り、ぶつぶつと独り言を呟きながらカプセルの並ぶ部屋を後にした。
N氏が部屋を出るのと同時に、職員用の扉が静かに開いた。
「お疲れ様です」
看護師はやってきた担当主治医に挨拶を交わした。
「どうだった?」主治医は尋ねた。
「Nさんですか。あの人またやりましたよ、自殺。三日間全てで。お言葉を挟むようですが、本当にこの治療法でいいのですか?」
「ああ、君はまだここにきてから長くなかったね。彼はこれでいいんだよ」主治医は看護師の予想と反して楽観的に答えた。
「彼は三年前精神疾患でこの施設に来たが、この治療法が開発される前は毎日自殺未遂の連続だった。日中縛りつけなければいけないほどにね。だが、一年ほど前にこのカプセル療法が確立されてからのN氏はみるみるうちに健康的な生活を送るようになった」主治医は説明を続ける。
「まず、三日間彼を疑似的な仮想空間を作り出すカプセルに入れる。仮想空間は彼がここに入る前の状態をもとに作られているから当然彼は自殺を図ろうとするだろう。だが仮想空間で何が起ころうと、現実の体にダメージは無いし、意識が消えたら次の日になるよう設定しておけば勝手に夢だったと勘違いする。よって彼はまたより良い次の死に方を模索するだろう」
「自殺の方法を模索することに、生きがいを見出す。ということですか」
「その通り。それでも依存の危険性はゼロではないから、たまに神経を通して意図的な痛みを与えることもあるがね。まだ治療に時間はかかるだろうが、N氏の今後は保証されているし、退院しても当分は困らないだろう。もうじき死に対する憧れや好奇心もきっと無くなるさ」
主治医は説明を終えた後、自分に問いかけるかのようにぼそりと呟いた。
「それにしても死ぬために生きるだなんて、人間ってのはあべこべな生物だな。理解に苦しむ」
***
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