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平等なやさしさ

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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:櫻井 謙二(ライティング・ゼミ集中コース)
 
 
「荷物届いとるよ」
仕事から帰ると妻が不思議な表情で言った。
うっすら笑みを浮かべているようにも見えるし、怪訝そうにも見える。
不思議な表情なのだ。
 
母から「贈り物」が届いたようだ。
 
母からの贈り物が始まったのはいつからだろうか。
 
大学進学で実家を離れていた頃。30年ほど前になる。
月に1回か2か月に1回のペースでそれは届いた。
レトルトカレー、インスタントラーメンといった食品の定番、そして何故かブランデーケーキが必ず入っていた。冬場はカイロも入っていた。
(当時、私の父は洋菓子店を営み、現在は兄が経営を引き継いでいる。父は短い時間ではあるが今も毎日手伝いに来ているようだ。妻はその店で働いている)
 
母は今でもブランデーケーキが私の好物だと思い込んでいる。
 
大学生にとってこれらの贈り物はとてもありがたいものだった。
カイロは使うことはなく期限が切れた。
 
実家は雪国だったが、大学は雪の降らない比較的暖かい地域だった。
母は、寒がりの私には必要なものと考えたのだろう。
 
大学時代に一度だけ変わったものが贈られてきた。
大きな「ゴリラのぬいぐるみ」だ。それもかなり大きなものだ。
成人のお祝いということで中には母の直筆で「ゴリ丸」と書いてあった。
ご丁寧に命名までしてくれていた。
 
帰省せず、地元の成人式には出席しない私がひとりで寂しいと思ったのだろうか。
私に「友達」をよこしてくれたのだ。
 
仕方なく部屋に飾っておいたが、意外に友人の受けも良く、邪魔にはならなかった。
当時、体育会ラグビー部所属の私には、つり合わないとてもかわいい「友達」だった。
 
母がゴリ丸を連れてよこした理由は理解できた。
 
私は幼い頃、「くまのぬいぐるみ」を大事にしていた。……らしい。
名前は憶えていないが男の子だったと思う。
家族で東京の親せきの家に行くときに、どうしても彼を連れて行くといって泣いて暴れていたことを母から聞かされたことがあるからだ。
 
今思えば、心温まる母のやさしさを感じさせるエピソードだ。
ゴリ丸は今、実家にいる。くまの方はもういない。
 
大学を卒業し、就職先は実家から通える勤務地へ配属された。
母からの贈り物は一旦、休止する。
 
その後、結婚し、実家からは、そう遠くない地域で生活している。
子供(男2人)が産まれ、彼らが小学生の間、休止状態は続いた。
母は孫の顔を見るためにしばしば私の家を訪れ彼らに直接、贈り物を手渡していた。
 
長男が中学に進学した頃、私への贈り物は再開することとなる。
 
母が、体に良い水と謳った海洋深層水にハマると同時に、定期的に私のところにその水が届くようになった。
兄、妹のところも同様だ。
「良いものは子供たちにも」と考えたのだろう。
重かったが、おいしくいただいた。
 
ひどい口内炎になった時には、口に入れると猛烈な泡が出るものが届いた。
うまく説明できないが薬ではないことは確かだ。恐らく怪しいものなのだろう。
不思議なことに口内炎はすぐに治った。
 
私の体調不良のたびに何かしらが届いた。不思議だった。
不思議だったが、すぐに情報ルートは判明した。情報発信源は妻のようだ。
妻が仕事で会う父に伝え、それが母に伝えられていたようだ。
 
母からの贈り物の歴史を思い出しながら玄関の荷物を取りに行った。
当時、中3の次男が興味深そうについて来る。
どうも、中身を早く見たいようだ。というか中身を知っているようだ。
 
そう大きくもなく、重くもない薄っぺらな箱だった。
食品ではないことはすぐに分かった。
外装をはがすと、商品の箱にはこう書いてある。
 
「SIX PAD  Abs Fit2」と。
 
商品名よりも先に、それを装着したロナウドの肉体美が私の目に飛び込んできた。
それはもう笑うしかないほどの衝撃だ。
 
黙って見ていた次男はもう笑いをこらえきれない。
次男の笑い声を合図に家族全員が大声で笑った。
我が家にこれだけの笑い声が起きたことはかつて無い。
 
私は「おい、母ちゃん」、「俺をどうしたいがよ」そう思った。
 
50歳を目前にした「おっさん」に「クリスティアーノ・ロナウド・ドス・サントス・アヴェイロ」を目指せというのだろうか。(敬意を表してフルネームで書かせてもらう)
 
私の混乱を尻目に妻、長男、次男の3人が説明書を読んでいる。とても楽しいそうだ。
 
「おい、おまえ使え」長男に言った。
大学受験を控えた長男は夏に部活動を引退してしばらく経つ。
ラグビー部で鍛えた体はたるみ始めていた。
「はらげ、そらんなんし、めんどくさー」「ぜったいに、いらん」
装着にはムダ毛処理が必須のようだ。
 
「おい、おまえは」次男に言った。
彼も受験生だったがつい最近まで柔道部、週末はラグビーで体を鍛えていた。
「いらんけど……」曖昧な返事だ。
 
「こいつもたるんできたやろ」私はそう思い
 
「おまえの腹筋みせてみろ」強い口調で言った。
 
すると彼は、面倒くさそうにシャツをめくり上げた。
そこには立派な「シックスパック」があった。
 
もうひとり……妻には? ……勧められるはずもない。
 
衝撃の「母からの贈り物」は捨てられることはないが、誰にも使われることなく家のどこかに永遠に収納されることになった。
 
今回の贈り物の趣旨は過去の経験から容易に理解できた。
運動もせず、見るたびに体の形状が変化していく我が子を思ってのことだろう。
驚きはしたが、「母のやさしさ」ということで苦情は言うまい。そう思った。
 
だが、ひとつわからないことがある。
未開封なのに中身を知っていた次男、恐らく妻も長男も知っていたはず……。
 
今度は私が怪訝な顔で妻を見た。……すると妻が。
「お義兄さんにも届いたって」
「お義姉さんから聞いた。笑っとったわ」(お義姉さん……兄の妻は私の妻と同僚だ)
 
兄にも同じ「やさしさ」を母は贈っていたようだ。
母は兄弟に平等なやさしさを贈り届けていたようだ。
妹に届いたかは確認していない。
 
 
 
 
***
 
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2020-11-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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