120分のまちびと
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:笹谷幸恵(ライティング・ゼミ平日コース)
それは、むかしむかし昭和50年の話です。
私は短大一年生。待ち合わせ時間15分前に到着です。
喫茶店のドアノブに手をかけ押すと、薄暗い室内はお客様もまばら、席は空いています。
彼が、入ってきてすぐに分かりやすい場所に座ろうと思い、入り口が見える4人席に座りました。荷物を隣の席に置き準備完了です。
店員が、お水とおしぼりを持ってきてくれました。
「何にしますか」
「もう一人来ますから、きたら頼みます」
「はい」と言って店員は戻っていったのです。
まちびとは、私の学校と同じサークルで交流があり、活動を一緒にしている、他大の男性です。同級生の彼に、最初に会ったときドキッとしました。
痩せた体形からかもし出す空気、優しい顔立ち、そして静かな話し方、この人に会った時から、私の心は釘付けになったのです。
何回かのサークルの集まりの中で、ことばを交わすことが出来るようになり、今日やっとデートになったのです。
私の心は緊張が支配し「落ち着いて」と繰り返しています。
手からは汗が出てきました。熱いおしぼりを手に取り、ゆっくり拭きます。
クルクルと巻かれた、おしぼりを「あちっ」と思いながら指先まで丁寧に拭きとり、またきれいに巻き戻し、トレーに返します。
時間は17時、待ち合わせの時間です。
17時15分、どうしたのかな。
「サークルの会議で遅くなるかも」と言っていたことを思い出しました。
17時30分、遅い。
店員と視線が合います。
先ほどから視線を感じるようになり、何か飲み物を頼んだ方がいい事に気づいたのです。「すみません」と店員に声をかけ、珈琲を頼みました。
18時、こない。どうして?私の方が焦りはじめました。
店内にある電話に近づき、財布から10円玉を取り出します。
彼から聞いていた電話番号を、間違わない様にダイヤルを回します。
一枚の10円玉がカチャっと落ち、次の10円玉を入れました。
長い呼び出しに、応えてくれることはありませんでした……。
席に戻り、空っぽのカップをのぞいて、ため息。
もう少し待とう。
「珈琲ください」と店員に伝え、待ちました。
19時、二時間が経ち帰ることを決めました。
珈琲2杯分の会計をしながら、2時間待って来なかった敗北感、自分がみじめになります。
彼が来ない理由を考えたとき、頭と体は疲れ切っていました。
次の日でした。彼とサークルが一緒の男性から電話がかかってきたのです。
「昨日、あいつは待ち合わせ場所に行かなかったよな」
「何で知ってるの」
「知ってるよ。あいつはお前の事好きじゃない」
「何で、そんなこと知ってるの」
「俺は聞いたんだよ。あいつから」
私は電話を切って泣きました。
本人からの告白ではなく、他人から別れを告げられたのです。
その後、「120分のまちびと」と会うことはなく学生時代は終わりました。
あの時、携帯電話があったら待たずに済んだかもしれません。
でも、今考えると昭和の緩やかな時間の流れが、待ち時間120分を、長いとは感じさせなかったのです。
昭和のほろ苦い思い出です。
平成23年3月11日東日本大震災が起こりました。
私は保育園で0歳児クラスの担任をしていました。
お昼寝が終わりそうな時間に、大きな揺れを感じたのです。その後も、強烈に何度も揺れる余震に恐怖を感じていました。
今後の対応など話し合い、子どもの安全を一番に考えながら、怪我の無いように過ごすことと、子ども達に恐怖を与えないように過ごしていました。
交通機関がストップしてしまった状況で、歩いてくる保護者全員の迎えを待っていたのです。
最後のお迎えは、隣県から歩いてきたお父さんでした。
玄関に到着すると、玄関で座り込み「つきました」と一言、時間は24時30分です。
これで、104人全員を怪我がなく、自宅に返すことが出来たのです。
その日は保育園に泊まりました。
子どもの小さな布団の中で、余震に恐怖を覚えながらの長い夜でした。
そんなとき、ある番組を見て驚きました。
あの喫茶店に姿を現さなかった、私の事が嫌いだった人「120分のまちびと」が映っていたのです。
はじめみたとき、顔は丸くなっており、昭和の顔と少し違っていましたので、違う人かなと思いましたが、ケロップに流れた名前が一緒でした。
人間味が増し、穏やかになってテレビに映っていたのです。あれから34年。
120分のまちびとは、小学校の校長として、子どもたちを守りぬき、「夜は必ず明ける」と言いながら励ましたそうです。
私は感動しました。
120分のまちびとが多くの子ども達を、励ましながら、暗い寒い夜を過ごし、命を守っていたことを知ったからです。
そしてあの震災の夜、彼は小学校、私は保育園で、余震の中で暗くて怖い夜を過ごしていたのです。
テレビ越しですので、再会とは言えませんが、このようなかたちで「120分のまちびと」と逢えた私は、とてもしあわせです。34年かけてやっと逢えました。
時間に直すと293760時間かかりました。
元気で、頑張っていることを知って嬉しかったです。
令和が始まりました。
新型コロナの発生、恐怖からの脱出はいつなのでしょうか。
普通の生活に戻れるか、わからない所に恐怖が湧いてきます。
底知れない、目に見えないものに対する恐怖です。
人とのつながりがあれば、心がつながっていれば解決策はあると信じています。
暗い夜は必ず明ける
***
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