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隣の人から見れば、きっとウチの芝生も青い


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:住田薫(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「郊外」は「田舎」ではなかった。
そう気がついたのは、最近のことだ。
 
私は金沢の郊外に生まれ育った。
みなさん、金沢という町をご存知だろうか。
兼六園や21世紀美術館などが有名で、もと100万石の城下町で、伝統工芸が盛んで、冬はブリやカニが美味しくて、お酒が美味しくて、ごはんが美味しい町だ。
県外で出身地をきかれたときは、「石川です」というと「どこだ?」という顔をされるので、「金沢です」と言うようにしている。
名古屋や、横浜や、鎌倉なんかにお住まいのみなさんも、もしかしたら同じようなことをされているのではないか、などと想像しながら。
 
その、ちょっとだけ知名度のある金沢の、兼六園や21世紀美術館などがあるエリア……ではなく、その郊外で生まれ育った。
 
そう、郊外に。
 
郊外とは、街外れや、人口の多い都市の“周辺エリア”を意味する言葉だ。
私の実家は、金沢の旧城下町(兼六園とか21世紀美術館があるところ)から車で30分くらいの古い新興住宅地にある。
どこかのハウスメーカーが建てたであろう、同じような形の住宅が立ち並び、そこでの生活はどこへいくにも車必須。車は一家に一台どころか、一人に一台があたりまえ。買い物は、国道沿いの大規模複合型ショッピングセンターへ。
これは典型的な「郊外」の風景だ。
 
そんな郊外型生活ではあるけれど、まわりには田んぼも沢山あるし、初夏に田に水が張られるころはカエルの鳴き声が響き渡るし、幼稚園や小学校のころは川にフナを捕りにいったり、ザリガニをつかまえたりしていた。
なんとなく自然と触れ合う機会があったのだ。
だから私は、「田舎」育ちなんだと思っていた。
 
でも、そうではなかった。
 
そのことに気がついたのは、山の生活を体験してからだ。
私の勤めていた会社は、町の中心部からバイクで40分ほど山の手に入った場所にあった。
バスは1時間に1本あるかないか、電車なんてない。よく鹿と遭遇するし、冬は雪が深くてバイクでは通えなくなる。そんな場所だった。
近くにお店はないから、昼と夜のごはんは交代で当番が作って、皆で一緒に食べる。
室内には手製の暖炉があって、冬は朝一番に暖炉に火をつけるところから仕事が始まる。
手製だからか、空気量の管理が細やかには行えず、どんどん薪を燃やし尽くしてしまう。そのため15分ごとくらいに薪の位置を変えて、燃やすものを与えてやらないと、火が消えてしまう。めちゃくちゃ効率が悪い。「薪ストーブは密封されていて、空気の量をきっちり管理できるんだって。大きめの薪を夜寝る前に入れたら、朝まで持つらしいよ、うらやましいね」なんて話を同僚とする。
初夏には仕事の合間に茶を摘み、川沿いにはホタルが現れ、秋には暇を見つけてはアケビなんかをとりにいく。
たまに隣家の畑に設置してある罠にタヌキが捕まっていているのを見かけ、家にはツバメが巣をつくり、ときどき猿が悪さをしに来る。
夜になると、星がびっくりするくらい見える。
 
そこは、未知の世界だった。
 
名前の知らない植物や、虫がたくさんいる。
触ったことのない道具や、馴染みのない習慣がある。
 
そうか、これが「田舎」か。
 
そこには、小さなころ読んだ、冒険物語のようなワクワクがあった。
 
私は、『はてしない物語』や『モモ』、『指輪物語』なんかのファンタジー冒険物語が大好きだった。
といっても、モンスターの軍勢とのスリルある戦いや、厳しい旅の道のりに、興味があったわけではない。
私が好きだったのは、見たこともない風景たちだった。
“迷路のような時計の森”とか、“全体が真珠貝のようにやわらかく七色に光り輝いている”とかいう不可思議な材料でできている路地や、現実世界ではありえないような構造でできている奇怪な建物、そんなものたちにドキドキした。
 
田舎での出来事は、私にとって、冒険のなかに出てくる“未知の風景”だった。
 
どうしてこんなにも未知の風景に惹かれるのか。
 
きっと、“隣の芝生は青く見える”からだ。
 
他人のものは、自分のものより良く見える。
知らない世界は、知っている世界より、楽しそうに見える。
実際に、知らないことを経験することは、楽しい。
 
「田舎」には「郊外」とは全く別の世界が広がっていた。
「郊外」出身の私の目には、「田舎」が輝いて見えた。
 
田舎での生活が少し馴染んできたころ、ふと思う。
もし、この生活が“あたりまえ”になったら?
 
今度は別の“芝生”が青く見えるのだろうか。
 
骨董屋で、雑に立てかけてある、立派なつくりの欄間に見惚れて、
「はぁ、素敵」とつぶやいたら、店のおじさんが呆れながら言った。
「えっ、そうかなぁ。今の若い人は、こんなのがいいの」
「昔はその辺にいっぱいあったもんだよ」
 
価値観は変わる。
 
平安時代には鬼のようだと言われた巻毛や、くっきりとした顔立ちは、今では“美しい”とみられたりする。
ぽっちゃり体型は裕福の象徴だったのが、今は“自己管理が出来てない、だらしないやつ”となる。
 
価値観はどんどん変化する。
見る人の立場が変われば、全く別の見えかたになることだってある。
 
“隣の芝生”も、その住人にとっては“自分の芝生”だ。
隣人からはキラキラ輝いて見えても、住人にとっては、慣れてしまってありふれたものに見え、その価値に気が付いていないことだって沢山あるのではないか。
 
私は「金沢」出身を公言しているが、実際は金沢のことをよく知らない、と思う。
他県から移住してきた友人のほうが、地元民であるはずの私より、金沢のことをずっと詳しく知っていて、恥ずかしく思うことがある。
「郊外」出身だから、まちなかのことをよく知らない、のではない。
「金沢」を地元だと考えるが故に、“知ろう”とすることを怠っているのだ。
原住民は、自分たちの土地のことを、もう“知っているもの”だと決めつけて、冒険していないのだ。
 
“隣人”としての視線は、“冒険者”でありつづけるためにきっと必要なものだ。
いつも“冒険者”でいられれば、いつでも“未知の風景”に出会える。
それはきっと楽しいことだ。
 
もしかしたら。
「郊外」が、“隣の芝生”になる日も来たりするのだろうか。
 
 
 
 
***
 
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2021-01-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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