サーフィンという巡礼の旅に出よう
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記事:匿名(ライティング・ゼミ日曜コース)
巡礼とは「日常的な生活空間を一時的に離れて、宗教の聖地や聖域に参詣し、聖なるものにより接近しようとする宗教的行動のこと」と辞書にある。
僕は飽きっぽい。ピアノは赤バイエルンで挫折、大学も半年で辞めてしまった。そんな僕が唯一続いているのがサーフィである。26歳から初めて30年、飽きもせず毎週海に通っている。
サーフィンとの出会いは、当時勤めていた会社の先輩に誘われて何となくである。26歳の僕は夢と希望に溢れた社会人でなく、パニック障害に悩まされながら日々をやり過ごしていた。スイッチが入ると、不安感と焦燥感が全身を包み心臓がすごい勢いでビートを打ち始める。立っていられなくなり、しゃがみ込んで嵐が過ぎ去るのを身を硬くして耐える。5分程でピークは過ぎるので、大丈夫と心の中で繰り返しながら。
そんな僕を見かねて、「サーフィンやろうや、俺のジャンキーの先輩は波乗りで救われた言うてたで」と先輩が誘ってくれた。まだ肌寒い春先だったと思う。誘われるまま海に向かい、初めて海にサーフボードで漕ぎ出した時の事はよく覚えている。海水は切れるように冷たく、ウェットスーツは重かったが、水泳部だった僕は泳ぎには自信がありまあ楽勝だろうと思っていた。だが現実は厳しく、ボードの上に立つどころか満足にパドリングで沖に向かって進む事さえできない。そんなに大きな波ではなかったのだが、2時間がすぎ陸に上がると両腕が肩より上に上がらなくなっていた。笑顔で迎えてくれた先輩には申し訳なかったが、これは無理だ続かないと思った。皆が待つ沖にさえ出ることができないのだ、何度も水を飲まされ死ぬかと思った。「どやった、しんどいやろ。まあ最初っから波に乗れるやつはおらんわ、でも筋はええでお前」この「筋はええでお前」で火がついた。全く歯が立たなかった悔しさと、訳の分からぬ褒められ方での嬉しさがごちゃ混ぜの感情だ。
次の週から先輩の車での海通いが始まった。中古のサーフボードを買って、お下がりのウェットスーツを安く譲ってもらった。サーフボードは大磯のドミンゴというショップで5万円だった、ブルーと白が太陰太極図(火鍋の形)に塗り分けられた綺麗なサーフボードだ。初めてうまく波に乗れたのもこの板で、季節は既に秋になっていた。何となくボードの上に立ち上がり、波に乗れるようにはなっていたがその一本は違った。いつもと同じように立ち上がったが、ボードが横を向いてしまい何とか落とされないように踏みとどまると、ボードが今までとは違うスピードで走り始めた。波の斜面を横に横に滑ってゆく、足裏に強い力を感じながら。痺れるような感覚を一瞬でも長く感じていたい一心で、全身でバランスを取ることに集中する。永遠に続くかと思われた時間もわずか数秒だろう。波が終わりサーフボードが波の裏に抜けた瞬間、僕の腰の辺りから頭の先に向けて何かも同時に抜けていった感覚があった。後にも先にもその感覚はその一回限りだったが、快感というよりは解毒された感覚だろうか。実際、その頃から僕のパニック障害は回復に向かっていく。この感覚を味わってしまうと、もう止められない。
サーフィンが難しいのは、反復練習ができないからだ。同じ横乗り系スポーツでもスノーボード であれば雪さえ降ればリフトが山頂に運んでくれて、同じコンディションで繰り返し練習することができる。2シーズン通えばそこそこには滑れるようになるだろう。しかしサーフィンの場合、同じコンディションの波は無い。せっかく海に向かっても湖のような海だったり、逆に大きすぎて入れない時もある。海底の地形や、風の向き・強さ、潮の流れや満干も考えなければならない。
上達に時間がかかるのは当たり前の話だ。ちゃんと乗れるようになるまで、毎週海に通って2年は必要ではないだろうか。
でもその対価以上のものをサーフィン は必ず与えてくれる。まずサーフィンをしているときには余計な事を考えない。普段の生活では常に頭は何かを思考している。夢中でパドリングしている時、頭の中は真っ白だ。精神衛生上、この上なく有効だ。もちろん素晴らしい波に乗った時の快感は素晴らしい。30年の中でも印象的な波は今でも足裏の感覚まで覚えている。そして、自然の奇跡のような場面にも数多く出会える。印象的だったのは、夏の終わりの千葉一宮海岸。珍しく夕方入ることになり、そのポイントは仲間だけの貸し切り状態だった。次第に日が沈み辺りがオレンジ色に包まれる、隣の仲間の顔がシルエットで浮かび上がる頃、陸からそよそよと吹いていた風がぴたりと止まった。そのとき海面がまるで水銀のようにヌメヌメと粘りを持ったかのように変質したのだ。その水銀の様な海の中で、皆と真っ暗になるまでサーフィンをした時の事は忘れられない。
先輩が海に向かう車の中で、言った言葉がある。「サーフィンは宗教みたいなもんやなぁ、俺ら毎週毎週あきもせず海に向かってまるで教会に通うキリスト教徒や、いつか世界中のサーフポイントを巡る巡礼の旅に行こうや」
確かに皆海に浮かび、沖の方をじっと見つめて波待ちしている姿は祈る姿に重なる。
その先輩はもうこの世にはいないが、僕はいつか巡礼の旅に出るだろう。
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