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人が“人”を好きになること


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記事:佐々島由佳理(チーム天狼院)
 
 
「先輩は頑張り屋さんだもんね。俺、ずっと先輩のこと見てきたからわかるよ」
 
久々に逢った1つ下のバスケ部の後輩は、二人きりになった車内でそう言った。不意に、“彼”が私に想いを告白してくれた過去が重なり、助手席に座る私は確かにドキリとしたことを覚えている。
 
“彼”は数年ぶりに友人の結婚式のため地元に戻った私に、二次会のあと「俺が家まで送るよ」と声をかけてくれた。田舎だから、国道とはいえ左右を田んぼに挟まれた景色が嘘みたいに続く一本道で、日付が変わりそうなころ対向車も少ないなか車を走らせていると、まるで2人暗闇の中を永遠に飛んでいくみたいだった。それならば、と、今ツラいことも永遠に続く暗闇の中に全部吐き出してしまえ、と思ったのかもしれない。東京で社会人に成り立てだった私は、頑張ってもうまくいかない自分にほとほと疲れていて、久しぶりに逢った後輩の車の中で、大人気なくいじけて弱音を吐いたのだった。
仕事の話なんて、現場にいないと伝わらない話が大半でつまらないだろうし、話したところで最初から分かってもらおうとは思っていなかった。だから、私はとにかく溜まったものを吐き出し、「それは大変だな〜」と適当に流してもらいモヤモヤを成仏させてまた東京へ戻ろう、くらいに思っていた。
 
でも、そうだった、“彼”は人の悩みや思いを適当にスルーできる人ではなかったのだった。昔と同じように“彼”は私の一言一言をまず受け止めてから、まっすぐな目で「私は頑張り屋さんだ」と断言し、「俺はずっと見てきたから分かるんだ」、と迷いなく言い放った。だから、そんな悩みくらいなんだ、とでも言うように。
 
“彼”の言う「ずっと」は、中学2年生の頃に出会って高校卒業までバスケを通してともに過ごした「5年間」であり、決して適当でも曖昧でもなく、私たちの間ではっきりと輪郭を帯びた「ずっと」だ。
中学時代、私は部長としてチームをまとめる一方で、生徒会役員も兼任していて、どちらも中途半端にならないよう必死だった。高校時代は、進学クラスと部活を両立するのは難しいと言われたが、どうしてもバスケを続けたくて、毎日自分を追い込んでいた。“彼”が見てくれていた「ずっと」はそんな5年間だった。
だから、“彼”の言う「ずっと」には説得力があった。あの夜、ずっと見ていてくれて、分かってくれている人がいるという事実が私を救ったし、愛しさのカケラのようなものに触れ、「あぁ、これが“人を好きになる”瞬間なのだなぁ」と、自分の気持ちを手でなぞるような不思議な体験をしたのだった。
 
それから数年後——。
“彼”にまつわる風の噂が届いた。
正式に名前を変え、手術を経て、晴れて「男性」へと生まれ変わることができたのだ、と——。
 
彼女は、中学2年生の時に私が所属するバスケ部に入部してきた。彼女は自分のことを「俺」と呼ぶ、よく笑うひょうきん者、男子とつるむことも多くやんちゃで、いつしかみんなの “弟”のような存在になり、とても可愛がられた。一方で、男女分け隔てなく見せる驚くほど繊細で深い優しさや、我慢せず涙を流す素直さは、勇敢で繊細、強くて優しい、「男性性」や「女性性」などというナンセンスなカテゴライズが当てはまらない、不思議な魅力を放つ人物だった。私にとって彼女は、“弟”のようでもあり“妹”のようでもあり、もはやそれらを通り越して一人の“人”だった。
 
私が高校に入学して1年後、同じ高校に入学してきた彼女は、同じくバスケ部の後輩になった。そしてある日の合宿の夜、彼女は私を呼び出し、彼女の想いとともにチョコレートを渡してくれた。とても可愛い瓶に入っていたチョコレートを今でも鮮明に想い出すことができる。“彼”が私に想いを告白してくれた、あの夜のことだ。そんな5年間だった——。
 
あの夜の車内を、何度でも想い出す。
時を経た今もなお、力を与え続けてくれるあの言葉を想い出す。
人が“人”を好きになったあの瞬間をそっと抱きしめる。
 
女性が男性を、男性が女性を、男性が男性を、女性が女性を、どこにも線引きはない、あの夜から、私にとっては“人”が“人”を好きになる、ただそれだけが全てだ。
 
男性になった今はもう、あの頃の“彼”の声は二度と聞くことはできないのだろうけれど、私は今でもはっきりとあの夜の声の響きを覚えていて、いつでも再生することができる。そして、ずっとこの先もあの時の言葉と気持ちを忘れないだろう。
 
“人”を好きになる瞬間を味あわせてくれてありがとう。
 
 
 
 
***
 
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2021-01-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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