手放すことは、愛だ。
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:野口桃花(ライティング・ゼミ冬休み集中コース)
「82、83、84……84枚か……」
へっ、と自分をあきれ笑う。手元にあるのは皿……ではなく、絵柄入りのクリアファイルだ。
自室の本棚には、クリアファイルが84枚もあったのである。
オタクの部屋は宝物庫だ。
好きなキャラのグッズにフィギュア、円盤(Blu-rayやDVDなどのディスクメディアのこと)。ルームウェアは推しのイメージカラーで、非常用懐中電灯はライブグッズのペンライト。部屋のどこを見ても自分の好きなものが視界に入り、それだけで気分が高揚する。宝物であふれる部屋は、厳しい日々を生き抜くオタクにとっての元気の源だ。
宝物庫には、悲しき特性がある。それは「自然と物が増えてしまう」という、宿命とも言うべき理(ことわり)だ。
あくまで比喩だ。ひとりでに部屋の中のものが増えるなんて、ドラえもんのひみつ道具・バイバインでも使わない限り起こりえない。しかしオタクからしてみれば、本当に「何もしていないのに物が増える」のだ。まことに恐ろしいことに。
その原因究明はするまでもない。原因はただ一つ、物を捨てられないからだ。
あまりにも単純な理由でありながら宝物庫が次々と生まれてしまうのは、愛ゆえの悲劇としか言いようがない。好きな作品やキャラのグッズが身近にあれば、それだけで生活が楽しくなる。それを繰り返し、着実に物が増えていく。一つを手に入れたら一つを手放さなければ部屋が圧迫される一方だが、以前愛していたものをキャパシティの都合で手放すのは不誠実な気がして、キープしてしまう。
その結果が、84枚のクリアファイルだ。
この先、クリアファイルには一生困らないだろう。だが何より問題なのは、このクリアファイル群はすべて未使用品であり、この先も恐らく使われることはないという点だ。部屋にクリアファイルを飾れる場所はなく、取り出され眺められるのは半年に一度程度、後は本棚で朽ちるのを待つだけ。それは捨てる以上に不誠実な付き合い方だ。
愛でられないなら、手放すべし。
こうして、宝物庫の解体が始まった。
クリアファイルこそ一番持て余していたものの、他のグッズも負けていなかった。あらゆる収納場所から、愛を行き渡らせることができなくなってしまったものが溢れてくる。
私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。買ったのが私でなければ、君はもっと日の目を見ることができただろうに。日ごろから整理整頓に努めていれば、新しいものを買い込んで君をないがしろにしてしまうことはなかっただろうに。しかし自業自得を嘆いても仕方がない。私は乾いたタオルでそれらをやさしく拭き、買い取り業者へ発送する段ボールに詰めた。数時間後、段ボールの中には100余りのグッズが入っていた。
グッズを泣く泣く手放したところ、部屋は様変わりした。
部屋が美しいのだ。
それは物量の減少がもたらした美しさだけではない。均整の取れた色合いが織りなす美しさだった。
今まで、部屋は元気の源だった。推しのグッズには、気分を高揚させる効果があった。それは良いことだが、グッズとは得てしてカラフルだ。必然的に室内の色数は増え、どうしても賑やかな……言い換えれば、雑然とした印象になってしまう。
しかし十分に愛してやれなかったグッズを手放したことで、手元に残したグッズの色が絞られた。それにより、部屋の印象が自然とまとまったのだ。
後から気づいたことだが、インテリアの基本をさらうと、どの媒体も往々にして「色数を絞り、同じ規格のものに収納しましょう」と言っていた。メインの色6割、サブの色3割、差し色を1割くらいが良い割合らしい。
それからというものの、部屋はどんどん快適になっていった。
まず、目的のものをすぐに見つけられるようになった。今までは限られた収納の中にグッズもその他のものも詰め込んでいたために、あるはずのものが埋もれていて見つからない、と焦ることも多かった。しかし総量を減らしたことで、目的のものへの道がすっきりしたのだ。
加えて、今まで以上に部屋で落ち着くことができるようになった。先ほども言及したが、インテリアにおいて色の数と割合は重要な要素だ。色数が減った部屋に推しのグッズを飾れば、それが見事な差し色となり、よく映える。
最大の変化は、今自分が持っているものをより愛することができるようになったことだ。新しいものに目を惹かれても、「家に帰れば推しのグッズがある」「私はまだそちらを愛していたいから、今回はやめておこう」といった思考になる。新しいものに夢中になって今あるものをないがしろにしてしまう、という悲劇を回避することができる。ものに心があるかは分からないが、ものと私たち、お互いにとって良い関係だと言えるだろう。
手放す時こそつらかったが、それは決して不誠実な行為などではなかった。
愛だ。手放すことは、今を愛するための最初の一歩だったのだ。
ものを手放すことには痛みが伴う。それを後回しにしたくもなるだろう。
しかし、一度立ち止まって考えてみてほしい。
手元に置くことだけが愛なのか。暗所に保管しておくことが愛なのか。
手放すこともまた、愛ではないのか、と。
***
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