メディアグランプリ

空間が生み出す魔力


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ぴぼなっち(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「仕事、行きたくねぇわ」
 
新卒で仕事を始めて、約6ヶ月。
サービスを開始したばかりの商品を新規のお客様を開拓して売るのは、研究室に籠もっていたリケイ男子のコミュ障人間にはキツすぎた。
 
電話ではアポイントは取れないし、飛び込み営業もなしのつぶて。一方同期入社の友人たちはというと、朝から担当エリアに颯爽と出かけていき、「中村さん受注です!」みたいなメールが会社ケータイに送られてくるのである。
 
奮起を促しているつもりだろうが、精神的に追い込まれる。私はというと、ようやく取れたアポイントも、付き合い始めのカップルかっていうツッコミが飛んできそうなぐらい、目の前のおじさんと話がまったく盛り上がらないのだ。
 
そして、その仕事のストレスのはけ口として、はまったのである。
「24(トゥエンティ・フォー)」というドラマに。
 
タイトルのごとく、24時間でリアルタイムに進行するテロ対策チームの活躍を描いたドラマは全シリーズで8作。テンポよく進むそのドラマが流行っていたのは知っていたものの、私が手に取ったのは最初のシリーズがリリースされてから、すでに5年以上が経過していていた。
 
世間一般的な流行にあまり関心のない私には、いつも「流行り」が遅れてやってくる。
 
そういう「周回遅れ」な人間がひとつのことにハマるとどうなるかというと、週末のだけレンタルショップにDVDを借りに行っていたのが、続きが出るのを待てなくなって平日の夜にも見るようになる。部屋を真っ暗にした都会の小さなワンルームの部屋で、ノートパソコンの小さな画面で、夜な夜な隠れるように見るのである。
 
ストーリーはシリーズごとに変わるので、主人公は同じでも「スター・ウォーズ」のような壮大な筋書きも何もないのだが、ハマると見続けたくなるというアクション系ドラマの中毒性からか、昼間は寝不足で夜は目が冴えるという半ば昼夜逆転の生活になり、仕事のストレスと相まって、さらに精神的に追い込まれていった。
 
あれから10数年という時が流れた昨夏。
新型コロナの影響でテレビや新聞が盛んに「外出しない新しい生活スタイル」をあおり、コロナ禍で外出するのが億劫になっていた私は「そうだ、お家シアター、しよう!」と、プロジェクタとスピーカーを買ったのである。
 
ただ、流行にのったと言っても、「お家シアター」をしたかったのは大学生の頃の話で、古びた大学寮の壁をペンキで白く塗り直したり、ノートパソコンを買うときはプロジェクタと無線で接続できるように・・・なんて用意周到な準備をしたはずなのに、肝心なプロジェクタを買わず仕舞いという、なんとも間が抜けた状態だったのだ。
 
それが、満を辞して、である。
しかも、レンタルショップ全盛時代とは打って変わって、今はAmazon Primeがある。
 
そして、まんまとはまったのだ。
「ゲーム・オブ・スローン」に。
 
すでにストーリーは完結していて、あとは見るだけ。そして以前のように「DVDを借りに行かなくては次回作が見れない」という制約がなくなった今、邪魔をするものは何もない。この状況は本当に、ヤバイ。
 
シリーズ8作にわたって、中世ヨーロッパの貴族たちによる「王の椅子(権力)」をめぐる国内の戦い(日本でいう、戦国時代の様相)と、外敵から力を合わせて国を守る戦いに、正義と陰謀、愛と裏切り、人間の強さと弱さといった心の動きが、壮大な景色をバックにものの見事に描かれていた。
 
まさしく、「スター・ウォーズ」のような巨編だった。
その世界観に飲み込まれるようにして、2011年の収録開始から足掛け7年もの歳月をかけた壮大なドラマを、流行遅れを取り戻すかのように一気に3週間で見てしまったのだ。
 
時間にして、約100時間!
一日2時間見たとしても50日はかかる。
 
しかも、ここで終わらないのである。
全編を見終えた満足感に浸っていると、撮影風景を映したメイキング・ビデオがあることにふと気づいた。
 
余韻に浸ろうと思って何気なく見始めたメイキング・ビデオには、シリーズ通じての主人公であるジョン・スノウが、愛するデナーリスを背後から剣で刺すことを台本で知った主人公ジョン役のキット・ハリントンの表情が、壁一面に映し出されたのだ。
 
「えええええ! その表情はズルいわ!!」
 
涙ぐむキット・ハリントン。台本の読み合わせをしているだけでこんな表情ができるなんて、ズルい! ズルすぎる!!なんてことない会議室の一幕に、本当のクライマックスが隠されているなんて、誰が想像しようか。本編でもなんでもないメイキング・ビデオに映し出されたそのワンシーンを、何度巻き戻して見たことか。
 
大画面の向こう側のワンシーンに「心を奪われる」とはまさにこのことだった。
 
かくして、仕事に一切影響を及ぼすことなく約100時間もの大作を3週間で走破したのだが、溺れるようにドラマに没頭できたのは、隠れるように見ていた「あの頃」とは違って、仕事をさっさと切り上げて時間を生み出すスタイルに進化したからだろうか。
 
いや、おそらく自分の力ではない。
 
思い切って「お家シアター」にしたことで、白い壁にプロジェクタが大画面で映し出す圧倒的なスケールと背後に置いたスピーカーから響く重低音がたまらなく恋しかったのだ。ドラマのストーリーだけではなく、仕事を早く終わらせるのに十分な動機になりえだ。
 
この「空間が生み出す破壊的な魔力」にもっと早く気づいていれば、新卒のあの頃ももっとマシな仕事ができたのかもしれない。
 
こうして私は、家に閉じこもって腐ることなく、夏の終わりを存分に楽しんだのである。
 
 
 
 
***

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2021-01-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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