保護者面談は「原点振り返り装置」
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記事:青山二郎(ライティング・ゼミ日曜コース)
「ちょっと、花子(仮名)が最近、全然まともに口をきいてくれないのよ。あなたももっと時間つくって、コミュニケーションしてよ」
出勤前のあわただしい時間帯だったこともあり、私は「うん」とか「ああ」とか適当な生返事をして家を出たと思う。長女の花子は中学2年生。まあ、いわゆる反抗期なんだと思うが、妻や私に乱暴な口を利くわけでも、学校をさぼったりするわけでもなく、たんに話しかけても反応が薄く、年相応に言葉少なになっただけだった。
それでも私は、通勤電車に揺られながら妻の言葉を思い出し「この週末に少し話してみようかな」とぼんやり考えていた。
妻から「今週の日曜、花子の保護者面談なんだけど、あなた、行ってきてくれない?」と言われたのは、翌日の晩のことだった。学生時代の友人と急遽、ランチ会が入ったらしい。
「いいよ。日曜、とくに予定ないし」とは答えたが、一抹の不安は、娘の担任が若いアメリカ人男性であることだった。妻によると、奥さんも日本人で、日本語での会話に全く問題はないとのことだったが……。
私は高校時代を東北の地方都市で過ごした。その高校では、2年に1度、姉妹都市であるアメリカの高校から、短期の交換留学生を数名招いていた。交換留学生が来る直前に行われた学年集会で、英語の担当教諭からは「いいか、お前ら。アメリカの高校生は昼間っから平気で酒を飲むからな、つられて飲むなよ! それから、政治の話と宗教の話はご法度だぞ。政治も宗教も人それぞれこだわりがあるから、ちょっとした見解の違いですぐ論争になっからな!」と忠告された。
今思えば酒に関する忠告は苦笑を誘うが、「政治と宗教の話はタブー」という忠告は、先般の大統領交代劇のドタバタぶりを思えば、かなり的を射ていたと思う。
とにかく、政治と宗教の話はタブー、あとは誠意をもって接すること。これだけを胸に私は保護者面談の日を迎えた。
広い教室に、先生と保護者が1対1で向き合って、娘の学校での様子や家での様子を情報交換し合う。
担任のドミニク(仮名)先生は、「花子さんは、成績は先日の期末試験ではちょうど、学年の真ん中くらいでした。部活のバスケも一生懸命ですね。友達も部活の友達だけでなく、誰とでも仲良く付き合えています」と流ちょうな日本語で一気に話すと、ほほえみを浮かべながら私の答えを待った。
私は「ああ、そうですか。ありがとうございます。友達ともうまくやれてますか? うちでは少し反抗期に入ったようで、会話が減りました……」と答えたあと、何を話せばよいかわからなくなった。
数秒の気まずい沈黙をやぶってくれたのは先生のほうだった。
「青山さん、花子さんは小さいころ、どんなお子さんでしたか?」と質問された。
先生は私の答えを待たず「すでにご存じだと思いますが、私は来月、産休を取ります。妻の出産に伴う産休です。初めての子供なので、私も少し、緊張しているんです」と続けた。
そういえば、そんな話を妻から聞いていた。
「ああ、そうでしたね。伺っています。初めてのお子さんですから、緊張しますよね」と言いながら、私は、花子が生まれた時のことを思い出していた。
当時、会社の同僚でもあった妻が、私に妊娠を告げてくれた朝の情景や、付き添って行った病院で、生まれてくる子が「女の子」とわかって、すごくワクワクしたときのことを。
そして、最初は、「どんな子が生まれてくるのかな? (天才子役の)安達祐実ちゃんみたいな目のくりっと大きい子がいいな。大きくなったら、恋人なんかつくっちゃうのかな? 大学は、俺と一緒のところに行かせて一緒に野球とかラグビーの応援に行きたいなあ。成人したら、『お父さん、今日は一緒に飲もう!』なんて言ってくれるのかな?」なんて妄想が止まらなかったことを。
それでも、だんだんと出産日が近づくにつれ、
「安達祐実みたいな美人じゃなくてもいいや」
「ちょっとブサイクでも愛嬌のある、よく笑う子になってくれればいいや」
「大学は俺と同じとこじゃなくってもいいや。とにかく、自分がやりたいと思えることがやれれば、大学なんて行かなくてもいいや」
「とにかく元気に生まれてきてくれればいいや」
「元気じゃなくても、少しくらい病気がちでもいいや。俺が病気を治すの手伝えばいいや」
と思考が進み、
ついに出産前日の夜(逆子で帝王切開となったため、出産日はあらかじめ決まっていた)は、一人布団のなかで、
「神様、容姿もなにも贅沢は一切言いません。とにかく生きて生まれてきてくれさえすれば、あとは俺がなんとかします。どうか母子ともに生かしてください」
と祈っていた。そして、この祈りのあと、不思議と腹が決まって熟睡したことも思い出した。
この思い出を頭に浮かべた時間はおよそ、3~4秒だったと思う。
私は、先生に改めて向き直り「先生、奥様も初めての出産で心細い部分もあると思います。なるべく寄り添って、励ましてあげてください。2人で頑張ることが大事です」とだけ伝えた。その後、花子の幼かった頃のエピソードをいくつか話して、教室を辞した。
学校を出た私はなぜだかとてもほっこりとした気持ちになり、学校近くの洋菓子屋さんで大きめのプリンを3つ買って、意気揚々と家路を急いだ。
***
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