滝行をすれば、煩悩は払えるのか。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
廣川陽子(ライティング・ゼミ日曜コース)
「寒い寒い寒い!ムリムリムリ!!」
真冬の滝行なんて、ムリに決まっている。私は、軽い気持ちでここまで来てしまったことを猛烈に後悔していた。
これは1年前の冬の話。
あの日、近所に住んでいる仲のいい女友達にこう言われたのだ。
「私さ、滝行してみたいんだけど一緒に行かない?」
「え!行く行く!滝行なんてしたことない!してみたい!楽しそう!」
行ったことのない場所に行ったり、やったことがないことにチャレンジするのが好きな私は、間髪入れずにこう答えた。好奇心に身を任せ、軽い気持ちで返事をし、滝行の予定はすぐに決まった。
私たちが申し込んだのは、大阪のとあるお寺で開催される半日体験コース。
申し込みをしてから当日まで、お寺のホームページを何度も見返した。そのページには、滝行の様々な効能が挙げられているのだが、それを見る度に滝行への期待が膨らんだ。
「煩悩や垢や汚れを落とすことができる」
「迷い、悩みなどを吹っ切ることができる」
「滝には偉大なパワーがあり、大きな活力が与えられる」
「滝行後の爽快感は抜群で心身がおおいにリフレッシュする」
宝くじが当たったら良いのに、とか
美味しいものが沢山食べたい、とか
できることなら好きなことだけをして暮らしたい、とか
普段、私は沢山の煩悩とともに生活している。
また、日々の忙しさで物理的にも精神的にもいつもバタバタとしていて忙しない。
そんな私に、滝行はぴったりだ。ホームページを見る度にそんな思いが強くなり、当日が待ち遠しくて仕方がなかった。
待ちに待った滝行当日。朝の8時半にお寺に集合するところから始まる。
友達と待ち合わせをし、スキップまじりにお寺に向かった。初めての経験をすることにドキドキとワクワクが入り混じる。
まずは、机と椅子の並ぶ部屋に通され、二時間ほど住職のありがたい講話を聴く。滝行をする前に、自分の邪心や煩悩が浮き彫りになる気がした。そういったあれこれを、この後の滝行で洗い流すことができるに違いない。そう思うと、気が急いた。
講話のあとは、場所を移して読経の時間だ。配られた経本を手に、大きな声を出してお経を読み上げる。それが終わると座禅。
そして、やっと滝行の時間だ。滝のそばに建てられた小さな小屋の中で着替えを済ます。用意してもらった白い滝行衣に着替えるのだが、この小屋がめちゃくちゃ寒い。「あれ、これ大丈夫かな。」という不安が急によぎる。その不安を振り払うように、準備運動のランニングに集中した。これが終われば、いざ本番だ。
参加者の中には、会社の毎年恒例行事として来ているという20〜40代くらいの6〜7人の男性たちもいた。初めて滝行をする私にとって、毎年来ている人たちは頼もしい大先輩である。この先輩たちが先に滝に打たれている様子を見ていると、いかにも煩悩から解放されている表情をしていた。銭湯にある「打たせ湯」に肩を当てているかのような穏やかな表情で、手を合わせている。ここで気になるのは、どのくらいの時間打たれるかということ。このお寺では、お坊さんが隣で般若心経を唱える間、打たれることになっている。時間にすると約1分。人によっては「3回分お願いします」と言う人もいた。す、すごい。(もちろん、初心者の私は迷うことなく1回分をお願いした。)
先輩たちのそんな姿を近くで見て、イメージトレーニングは完璧だった。
ところがどっこい、真冬の滝はそんなに甘くない。
滝に打たれる前に、体を慣らすために川の水を肩からかけるのだが、まずこの水がギンギンに冷たいのだ。夏の川で遊んだことのある人は、その川の水を想像してみてほしい。川の水というのは、真夏でもものすごく冷たい。それが1月ということであれば、どれだけ冷たいか理解していただけるだろうか。そこで心が折れた。なんでこんなところに来てしまったんだ。なんで軽い気持ちで滝行をするなんて言ってしまったんだ。
友達の表情をうかがうと、彼女の唇は寒さで真っ青になっていた。それを見て、更に不安を感じる私。そもそも裸足で石の上に立つだけでも、ものすごく寒くて冷たい。足の裏から脳天までを突き刺すような冷たさに、体はガタガタと震え、歯はガチガチと音を鳴らした。未経験の寒さに不安は募っていく一方である。
そして、ついに順番が来てしまった。あんなに待ち遠しく思っていた滝行なのに、もはや半泣き状態である。手を合わせ滝の中に入り、首の付け根のあたりに滝を当てる。滝の勢いが想像以上に強くて驚く。
痛い痛い痛い!!冷たい冷たい!寒い寒い寒い!無理無理無理無理!!
色々な感情が溢れて、渦巻いて、自分のその感情に飲み込まれそうになった。そして、その次に感じたことは、1分が長いということ。
まだ?まだなの?もう無理もう無理!まだ終わらないの?
お坊さんがお経を上げてくれているにも関わらず、なんとも罰当たりである。煩悩から解放されようと滝行をしに来た私だったが、自分の煩悩に溺れそうになった1分間だった。「自分の一番の敵は自分自身だ」なんてよく聞く話だが、その意味が文字通り、身にしみてわかった。
寒くて冷たい滝から上がってきた私は、大きく息を吐いた。永遠に感じられた1分が終わってほっとした。
不思議だったのは、滝から上がった身体の芯がポカポカとしてきたこと。もう全く寒くなかった。そして、頭の中や心の中の余計なものがスッキリと洗い流された気がした。頭も心も身体も軽くなった。自分の煩悩を痛感したのも確かだが「真冬に滝行をした」という事実は私に自信を与えてくれた。
一度の滝行で、弱くて自分に甘い私が劇的に変わることはないが、滝行をする前と後では確実に生まれ変わった気がしている。一皮むけたというか、大人のステップを一つ上がったというか。
きっとまた行こう。……すぐ行く勇気はないから、少し時間をおいて。
《終わり》
***
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