富士山の真の脅威とその先に見えるもの
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記事:H.Mizuta(ライティング・ゼミ日曜コース)
あれはいつだったろうか。私は富士山の山小屋でバイトをしていたことがある。富士山と溶け合い、私の人生が富士山と共鳴した。
「富士山は、生きている」
そう実感した瞬間であった。どれだけの人がその実感を持てるのであろうか。
富士山へ始めて登山したのは、小学校2年生の頃だった。家族と共に須走口の五合目まで車で移動し、そこから頂上へ向かった。天気が少し荒れ出し、姉が高山病にかかったことも踏まえ、急遽7合目で宿泊することになった。そして次の日、山小屋の主人に助けてもらいながら、無事登頂することができた。
富士山への初登頂から4年が経った6年生の頃、私と姉は7合目の山小屋でバイトすることになった。きっかけはお世話になった山小屋の主人から声をかけてもらったことである。山小屋の主人は、ずっと山小屋に住んでいる仙人のような人であり、人徳のオーラがにじみ出ている人であった。
小6の私にとって人生初めてのアルバイトが始まった。7合目は約3000mに位置し、10合目がいわゆる頂上である。富士山の高さが3776mであり、早い人であれば7合目から頂上までが数時間、普通の人で5、6時間がかかる位置である。
そんな場所で初のアルバイトが始まった。初めて行ったのが空き缶潰しである。缶をマシンにセットし、足で踏むと潰れる仕組みである。コンパクトに空き缶を袋に詰めて、まとめておろすことになる。もちろん、人の手ではなく、登山道とは異なる道をブルドーザが登ってきており、それで回収することになる。
空き缶つぶしが終わると、ジュース販売、宿泊客用のベッドメイキング、部屋の掃除、皿洗い、昼・、夜ご飯の支度、など細かい手伝いがたくさんあった。
忙しいときもあれば、さすが3000mということもあり、夜空の星は何事にも代えられない美しさであり、流れ星もそうだが、静止衛星が地球の周りをまわっている姿を目にすることも出来た。もちろん、衛星機自体の恰好を見ることはないが、光の玉が動いていることを確認できた。また、山の麓にある河口湖周辺での花火を上空から確認できることも一興であった。
お盆頃のある日のことである。お盆前後は、夏休みということもあり、大勢の客でにぎわっていた。バイトの身としては、大量のゴミや洗い物、販売など様々なことが単純に増えるだけであり、忙しい日々を過ごすことで精いっぱいであった。しかし、私は富士山を甘く見ていたようである。
「大変だぁ!助けてくれー!」
人の叫びが聞こえた。他のバイトの人と確認しに行くと、トイレが大変なことになっていた。これはすごい。私は思わず声を漏らした。これが真の富士山の恐怖かと実感した。山の恐ろしさについて、数々の噂は聞いたことあるが、私が目の当たりにした現状はとてつもない過酷な状況であった。山小屋には3つの公衆トイレがあり、それなりに衛生を保つことが求められる。ただ、3つのうち2つが汚物であふれかえっていたのである。あの光景は恐怖そのものであった。しかも、ただ溢れるばかりではなく、ハエが大量に集り、うじ虫(ハエの幼虫)がたくさん発生しているのである。
山小屋のトイレは、水洗便所ではなく、ボットン便所である。誰しもが水洗便所を望んではいるが、高山における最大の課題は、水が無いという点である。水洗便所を準備しても水が無ければ流すことができない。飲み水はどうしているかと言えば、雨水をろ過して、消毒を加えて辛うじて確保している状況である。みんなの汚物を流すほどの大量の水は到底確保できない。
ついに富士山と共に生きるために、闘いが始まった。まずは殺虫剤によるハエ・うじ虫討伐である。コロナと違い、目に見える敵ではあるが、見えるからこその気持ち悪さがある。あちこちに白い物体が動いている光景は想像を絶する。心・技・体が揃っていないと、とてもかなわない相手である。そして、心も体も疲弊しかけているところに、強敵である汚物の除去が待ち受けている。スッポンを使い、貴重な雨水も使いながら、ボットン便所に押し流す。心・技・体を酷使しながら戦い続けた。どれほどの死闘が続いたのだろうか。そこにいた戦友もフラフラの状態だったが、みんなで力を合わせて戦い抜いた。汚物が見えなくなった時、勝利の瞬間を実感できた。
そのとき、周囲の人からも笑顔があふれた。私は山頂を眺めながら、雲が山頂にゆっくりかかりながら、景色を常に変えている光景を見続けていた。山の下にも雲が出ては消え、風が強く吹けば、無風になることもある。富士山は大きな呼吸をしながら、雲、風を操り、時には悲しく雨を流す。そして時には台風が九州に近づくだけで、機嫌が悪く暴風にもなる。ボットン便所の汚物をも取り込み、大地へ洗い流すこともある。新幹線の中から眺めているだけだと、不動の富士山に見えるが、共に生きるからこそ富士山が呼吸している姿を目の当たりにできた。富士山と1カ月暮らすことで実感したことがある。
「富士山は生きている」
そして、
「共に生きよう」
と私は誓った。この富士山の生き様を肌に感じ取り、仲良く暮らすことが出来たことはかけがえのない瞬間であり、今もなお富士山には見守られている気がする。
***
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