内視鏡検査室の中心で「それは私じゃない!」を叫ぶ
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:松浦純子(ライティング・ゼミ 平日コース)
時々、テレビのニュースや新聞で見かける医療事故。
患者の取り違えをしてしまって、問題のない箇所を手術で取ってしまった。
または患部の左右を間違えてしまった。
そんなニュースを見聞きするたびに、「勘弁してよ。なんでそうなるの?」とツッコミを入れつつもどこか遠いところの話で、自分のことではないと思っていた。
なぜなら、どの病院でも健康診断の施設でも、「お名前を確認いたしますね。こちらでお間違いございませんでしょうか」と丁寧にフルネームを必ず確認する。さらに徹底している施設では、名前を目視で確認の上、生年月日とフルネームを自分の口で伝え、検査が始まる前にもう一度名前を名乗るというところもあった。正直そこまでしなくても、と感じたこともあった。だからこそこんなに徹底しているのに、なぜ人違いの事故が起きてしまうのだろうと思っていた。
ところが、災いというのは思わぬところからやってくる。
その日、私は大腸内視鏡検査のため、とあるクリニックにいた。
この検査を受けたことがある人は光景が浮かぶだろうが、胃カメラと違い大腸内視鏡検査は腸をからっぽにしないとならないので、前処置がややしんどい。
老若男女問わず同じ場所で、同じ検査着を着て、見た目も味もスポーツ飲料によく似た下剤と大量のお水を交互に飲む。そして、お腹をさすったり、うろうろ歩いたりして、トイレに行く。看護師さんに「はーい、出ないと思ってもトイレに行く! 意識することが大事です!」と促され、これを何度も繰り返す。
看護師さんのOKが出るころには、もはや羞恥心とか、男とか女とか、そんなものはとっくに超越していた。腸がからっぽになった達成感というよりは、疲れと空腹でヨレヨレで頭もぼーっとしていた。
順番が来てガラガラとストレッチャーで検査室に運ばれた。体は横向きに、くの字の形に曲げられ、血中の酸素濃度を測定するパルスオキシメーターを装着し、いよいよ鎮静剤が入るというまさにそのとき、事件はおきた。
「ねえあなた、毎日そんなに大酒を飲んでいるの?」と、医者が呆れ気味に言った。
私は一瞬耳を疑った。大酒どころか、居酒屋で氷が溶けて薄ーくなった梅酒のソーダ割を1時間以上かけてちびちび飲んでいる、むしろ下戸に近い部類の人間だ。問診票にも、お酒はほとんど飲まないに〇をしている。
「あのー、私、お酒は弱いほうで、ビールをコップに半分くらい、月に2、3回飲むか飲まない程度ですが……」と答えた。
私の飲酒量に関する回答は無視して、さらに呆れた様子で尋ねた。
「で、あなた、その若さで糖尿病もあるの?」
いやいや、私、糖尿病なんかないよ。何かがおかしい。
くの字に体勢を保ったまま、ありえない方向に首をひねって医者が見ている画面を凝視した。細かいところは見えなかったが、「女性 71歳」という文字だけ捉えた。
他人のカルテではないか!
「違う! それ私じゃない!」と叫ぶのと同時に、看護師が大慌てで「先生、そのカルテ別の人です!」と叫んだ。
カルテに記載された飲酒量と糖尿病という情報だけを見て、名前と年齢は確認しなかったのだろう。医者が名前で呼ばずに「あなた」と連呼していたのがいい証拠だ。
検査をする前と最中は名前の確認はあったが、そういえば検査室に入ってからは名前を確認されていなかった。
謝罪の言葉もなく、何事もなかったように検査は始まった。鎮静剤を入れられ薄れゆく意識の中で「ああ、こうやって取り違えが起こるのか」と思いながら、気づいたときにはすべて終わっていた。検査結果は異常なしで安心はしたものの、もやもやした気持ちだけが残った。もし、その71歳女性がどこか切除する予定で、間違えて私の何もないところを切ってしまったら、どうするのかと考えると怖くなった。支払い窓口で事の顛末と対応についてクレームを言い、今日の先生の検査は二度と設定しないでくれと依頼した。
このことは数年来、不愉快な出来事として心の中でくすぶっていたが、今回、文章をしたためながら、ふと思った。
人違いは決してあってはならないことだが、それでもまだ救われたのは、別のカルテの人が、医者も呆れるような生活習慣だったことだ。これで飲酒もしない、糖尿病でもない人だったら、医者は何も確認せずに、私を別の人として検査をしていただろう。
わたしは「糖尿病で医者も呆れるほど大酒飲みの71歳女性」に感謝した。そう考えると飲酒と糖尿病のことを聞いてくれたからこそ、カルテの取り違えが分かったので、あの会話も決して無駄ではなかったということになる。カルテを設定するのは医者ではなく看護師の仕事だとしたら、あの医者だけ一人が悪い訳ではなかったのかもしれない。
色々な不運が重なったが、すんでのところで取り違えもわかったのだし、あの医者のことはもう許そう、と思うことができた。
むしろ、こういう事故が起こりうるのだということを、身をもって体験した。
今回の教訓として、名前の確認をされていなかったと思ったら、鎮静剤や麻酔が入る前に必ずにしなければならない。
人間のすることなので絶対はなく、「万が一」に当たる可能性があるということだ。
病院にとっては大勢いる患者のひとりであっても、自分にとっては、自分はただひとりの唯一無二の存在なのだから、大丈夫なのかなと思ったら、必ず確認して不安は解消することをお勧めする。
「聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥」というが、恥なんかではない。
名前を確認するのは、自分の身を守るのに大事なプロセスだ。
簡単で当たり前のことだからこそ、疎かにしないようにしたい。
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