生業のある家に生まれて
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記事:宍倉惠(ライティング・ゼミ日曜コース)
眠い目をこすりながら、むくりと起き上がる。サンダルをつっかけて、寝室である小さな「離れ家」から、朝ご飯を食べるために、庭をはさんで向こう側の「母屋」に向かう。ゴーっとすごい音が聞こえてきた。母屋に上がった私は、台所から店に繋がる戸を開けて、大きな音にかき消されないように、負けずに大きな声で「起きたよーっ」と叫ぶ。お母さんが「まだ起きてないのかしら」と思って起こしに来るのを防ぐために知らせるのだ。
わたしの家の生業は「豆富屋」だ。「腐る」という漢字は縁起が悪いので、「富」という漢字を使って「豆富屋」。父は40代で亡くなった祖父の後を継ぎ、新卒で入った会社を1年足らずで辞めて豆富屋の3代目となる。母は、目指していた生物学の研究者になる道ではなく、父と結婚して豆富屋の嫁となる選択をし、24歳で私を産んだ。祖母は、早くに亡くなった旦那に代わり、鬼のように厳しかった曾祖母である義母と、認知症になった曾祖父である義父の介護と看取りを全うし、豆富屋も守り続けて、そして70代後半となった今でも現役で働いている。
今なら家族がどれだけ大変な思いをして家業を続けてきたのかがわかる。でも、幼いわたしの朝はいつも少し寂しかった。
朝ご飯はいつもひとりだった。わたしが起きる頃にはもう両親と祖母は仕事を始めている。自分でご飯をよそって、冷蔵庫からお母さんが作っておいてくれたおかずを出してチンして、一人で食べる。幼稚園生の頃から家族を横目にずっとひとりで朝ご飯を食べていたので、小学生になってから、同級生が家族と朝ご飯を一緒に食べていることを知って心底驚いた。店の休みは週に1日、日曜日だけで、日曜日だって明日の仕込みの仕事がある。だから基本的に遠出もできないので、どこへでも連れてってもらえる友だちの家族が、うらやましいなと思う時もあった。
わたしは家業にも家事にも全く関心を示さず、小学生の頃から部活に明け暮れる学生時代を送った。土日もほとんど家におらず、手伝いも一切しなかった。わたしはずっとずっと「消費者」だった。家族が無償で与えてくれるものを享受して、何不自由ない学生生活を送っていた。間違いなくわたしは家族がつくった豆富で生きていたのに、何の恩返しもせず、ただただ自分の生活を送っていた。
豆富屋の仕事は尊いものだと気づいたのは、大学に通い始め大人に差し掛かってからだ。大学生になって初めて部活に縛られない時間ができて、夏祭りに出店する手伝いをした。我が家では、豆富だけでなくお惣菜などの大豆製品の加工品も売っているのだが、お祭りのときはいつも揚げたての豆乳おからドーナツを作っていた。これ飛ぶように売れる。単純に売れるということも楽しいのだが、さっき来たお客さんが「美味しかったから」と言ってお土産に倍くらいの数を買って帰る、という光景を一人ではなく何人も見たのには驚き、純粋にうれしかった。また、夏祭りのような大きなイベントでないが、時たま店の前に商品を並べて、春祭りや年末の売り出しをすることがある。そのときは、常連のお客さんが来てくれて、声を掛けながら買っていってくれる。「毎年これを楽しみにしているのよ」と。これらのお祭りがあるたびに、私は友だちを連れてきてアルバイトをしてもらっていた。その友だちは皆、1日の最後に必ず「楽しかった」と言う。お客さんが喜んでいることが伝わり、それが楽しいのだそうだ。
働いている人もお客さんも嬉しいって、これ以上幸せなことはないんじゃないだろうか。そのころはぼんやりとだったが、豆富屋って面白い仕事なのかもと思った。
大学生の頃、つまらなそうに仕事をしている大人がたくさんいるなと思っていた。でも足元を見ていると、私の家族はとても忙しそうだが、つまらなそうではなかった。正確に言うと、つまらないと感じている暇がない、のかもしれない。
今日どれだけいいものを作って、どれだけの人に買ってもらえるかで、明日からの生活が決まるのだ。有給なんてものは存在しない。会社は守ってくれない。というより自分たちが会社そのものだ。頑張りが生活に直結する。必死でやるしかない。
私はいつの間にかこの感覚が骨の髄まで染み込んでいたのだと、最近思う。サラリーマンをやっていると守られた環境に戸惑う。会社は経営層のものというより、自分がそれを形作っているのだと思うのだ。だから誰かのせいにしたくないし、自分がどう行動するかで、環境は変えられると思っている。
これは自分のアイデンティティであり捨てたくないことだ。図らずも、寂しい子ども時代をつくった豆富屋という生業から教わったものなのかもしれない。
「豆富屋を継ぐの?」と言われるとちょっと困ってしまう。まだどうしたいかは自分でもわからない。でも、まごうことなき「生産者」である家族から学んだ私は、自分自身が「生産者」であり続けて、生きる意味を創り出していきたいと思う。それが、私を育ててくれた豆富屋と、家族への、一番の恩返しになるんじゃないかと思う。
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