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僕らはおっさんに飢えている


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記事:谷河しげお(ライティング・ゼミ集中コース)
 
 
『孤独のグルメ』をご存知だろうか。
 
原作・久住昌之、作画・谷口ジローによる漫画作品だが、近年ではテレビ東京系列で放送された深夜ドラマで一躍脚光を浴びている。
 
独身中年男性の主人公が、仕事帰りに飯屋へ立ち寄り、その心中を独白しながら、
ただ一人黙々と食事を平らげる。
 
これだけを聞くと、地味な、どこまでも地味な作品に思えるだろう。
派手なアクションシーンがあるわけでも、胸躍る恋愛模様があるわけでもない。
 
ではなぜこのドラマがシーズン8まで製作される人気作品になっているのか。
それはひとえに、主人公・井之頭五郎を演じる俳優・松重豊の演技力につきる。
 
ドラマの冒頭。やや強面、朴訥な五郎が今日の一食を求めて飯屋の席に座る。
店選びから店主との会話、メニュー選びまで、独白する松重の渋くそれでいて優しい声がなんとも心地よい。
 
やがて運ばれてくる美味しそうな料理。
表情の動きは微かであるのに対し、大きな驚きや感嘆を伴ったナレーションがギャップを呼び、見る者の関心を惹きつける。
 
そしていざ実食。
恍惚の表情を浮かべ、時に汗を拭きながら口を動かす五郎の姿に、最高潮のテンションに達しつつも品の良い松重のナレーションが重なる。
見る者の心は完全に同調し、深夜12時によだれが止まらなくなる。
 
この魅力に溢れた年配俳優の姿が、僕らをシーズン8の世界まで連れて行ってくれたのだ。
 
 
僕らはおっさんに飢えている。
 
 
思い返してみてほしい。
子供の頃、僕らのヒーローはちょっと年上の格好いい若者やお兄ちゃんたちだった。
 
戦隊ヒーローの主人公に始まり、学園ドラマやアニメーション、そしてテレビゲームなど。
登場人物は10代からせいぜい20代前半がメインで、
自分たちより少し年上の格好いい人たちが、時に葛藤し、時に傷を負いながらも、仲間と協力して数多の困難を乗り越え、敵を打ち倒す。
 
そんな姿に歓声を上げ、目を煌めかせたものだった。
 
 
しかし、時は移ろう。
かつて少年少女として存在していた僕らも、いつしか若者と呼ばれる年齢に差し掛かり、
気づけばそんな年代も通り過ぎ、大人になっていく。
僕もそんな渦中にいる一人だ。
 
 
今、かつて目を輝かせた戦隊物やアニメーションを見る。
もちろん、素晴らしいエンターテイメントとして我々を楽しませてくれるが、
そこで活躍する若者たちはもはや年下で、憧れと呼んでいい存在ではなくなった。
 
子供たちは、憧れの俳優やキャラクターに心躍らせ、日々を生きる糧としている。
では、大人になった僕らは?
 
 
チャンネルをニュースに切り替える。
現実世界の年長者が、一切感情の込もらない声で国会答弁を行っている。
救いの手は脆弱で、生活を困窮させるような新たな制限が下される。
映された居酒屋の店主は、悲しみと怒りを瞳の奥に抱えて静かに佇んでいる。
 
体は疲れ、心は重く、救いようのない雰囲気が、
この国全体の大人の間で蔓延しているように思われる。
 
 
僕らにはおっさんが必要だ。
世の大人たちが憧れ、目を輝かし、和み、希望を抱き、明日を生きる糧を得る、
そんな素敵なおっさんが必要だ。
 
それは例えば、大河ドラマ『麒麟が来る』で堂々たる立ち居振る舞いと鬼気迫るぶつかり合いを演じてくれた、長谷川博巳や吉田鋼太郎、佐々木蔵之介のような。
 
孤独のグルメと同じテレビ東京の深夜枠『きのう何食べた?』で穏やかかつ暖かい理想の中年ゲイカップルの様子を届けてくれた、西島秀俊や内野聖陽のような。
 
同じく深夜枠『バイプレイヤーズ』で淡々としつつも人情味に溢れた人間模様を渋く伝えてくれた、遠藤憲一や光石研、寺島進のような。
 
もちろん、男性だけではない。
 
2021年1月より放送され、話題となった『その女、ジルバ』では、草笛光子や中尾ミエ、中田喜子といったそうそうたる女優陣が、40歳を迎えた主人公・アララ(演・池脇千鶴)に対し、凛とした、生き生きとした生き様を示してくれている。
「女は、四十から!」のキャッチコピーに勇気付けられた女性も多いだろう。
 
 
少子高齢化が進む日本では、これからますます大人世代の割合が増えて行く。
 
ともすれば暗くなりがちなこの社会の中で、
世の大人たちが憧れ、目を輝かし、和み、希望を抱き、明日を生きる糧を得る、
そんな素敵な年長者(ヒーロー・ヒロイン)が、僕らには必要なのだ。
 
そして、そんな素敵な年長者から活力を得た現実世界の大人たちは、
今度は自らがヒーロー・ヒロインとなり、この世の中を動かしていけるのだと、
僕は信じている。
 
 
 
 
***

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2021-05-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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