これからある思考実験をします
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:あさひ(ライティング・ゼミ集中コース)
午後の授業は一風変わっていた。医療統計学の授業だった。
眼鏡をかけた、背の高い講師が講義室に入ってきた。いかにも難しい数式を操っていそうな、神経質そうな男である。
「これからある思考実験をします。
質問をしますので賛成か反対かで、答えてください」
講義室がざわつく。今日の講義は初回ということで、学年の全員が出席していた。100人分のざわめきが講義室にいっぱいになる。
「大切なことは二つです。
一つ、自分の頭で考え決定すること。
二つ、人の決定を批判しないこと」
講師はホワイトボードに二つのルールを大きく書き、誰もが確認できるようにした。
「では質問です。
あなたたち100人は一つの村に住んでいます。
その村ではおかしな病気が流行っています。
感染すると、症状がなくても人にうつす可能性があります。
村では毎日、検査をしています。
今日、何人かの村人が陽性と出ました。
あなたたちはその村人を追い出しますか?」
ざわめきが大きくなった。お互いの顔を見合わせる。病気ってなんの病気? 死んでしまうの? インフルエンザみたいなもの? あちこちで言葉が飛びかう。
「多数決を取ります。追い出すことに反対の人」
講師は間髪を入れずに投票を促した。パラパラと何人かの手が挙がる。
「賛成の人」
こちらも人は少ない。賛成も反対も十数人ずつといったところだが、どちらかといえば賛成が多いようだった。
「どちらも挙げていない人の意見は」
誰も答えない。
「大切なことをお伝えしましたね、必ず決定してください」
「あのう、一つ質問よろしいですか?」
女子学生がおずおずと手を挙げた。いつも講義を最前列で聞いている真面目な子だ。
「その検査、どのくらい信頼できますか?」
「いい質問ですね。答えましょう。
感染した10人に検査をすればひとり見逃します。
逆に感染していなくても50人にひとりは陽性と出ます」
「では、陽性のうち、本当は感染していない人もいるということですね」
「こちらにわかるのは検査の結果だけです」
またしてもざわめきが起こる。カンド、トクイドと難しい言葉を使い始める学生もいた。
「では仮に、この村で2人が感染しているとしましょう」
講師はホワイトボードに人型を書き始め、頭に星印をつけた。病気を持っているというつもりなのだろう。星の付いた2つの人型が並ぶ。
「検査をすると、何人陽性と出ますか?」
「2人」
運悪く講師に指をさされた男子学生がこたえた。彼はクラスの中では不勉強な方だったが、この質問は簡単だった。
「ではその日、検査で陽性と出るのは2人でしょうか」
「そうです」
学生がそう答えると、隣にいた学生が「ちがう」とささやいた。講師は次にその学生を当てる。
「感染していない98人の中から、2人が陽性になります」
「そうですね」
感染していなくても、50人に1人は陽性とでる。98人検査すれば2人が陽性だ。
人型が2人増え、4人になる。そのうち星印は2人。
「この日、陽性と出た村人の中で本当に感染しているのは何人ですか?」
講師は誰を当てることもなく、教室を見まわした。
「あなたたちはこの村人を、おいだしますか?」
誰も答えない。
村の人口が多ければ多いほど、星印のない人型はいくらでも増えてしまうことに気づいてしまったからだ。感染していないのに、追い出される人がでてくるのだ。
「多数決を取りましょう。追い出すことに、賛成の人」
教室は静まり返った。ぽつぽつと手が挙がる。
「反対の人」
少し待って手が挙がる。教室のほとんどが追い出すことに反対した。
「では、村に残ってもらいましょう」
講師はクラス全体を見まわすと、少々乱暴に人型を消した。
話はそれで終わらなかった。
「では次に、この村で80人が感染しているとします。
検査をすると、陽性になるのは何人ですか」
「72人です」次は他の女子学生がこたえた。感染者の10人に9人は陽性と出るのだから、それで間違いはない。
「感染していない人からは、陽性とは出ません」
「その通りですね。この日の感染者は72人。
さて、この72人は追い出しましょうか?」
ここでもう一度、多数決をとった。追い出すという意見がほとんどだったが、ひとりの反対意見が空気をかえた。
「感染しているのに追い出されない村人が8人もいるから、追い出しても意味がないと思います」
講師は一言、「そうですね」と答えた。
授業は終盤に差し掛かっている。
「感染者が2人の時、あなたたちは追い出しませんでした。
感染者が80人になったら、追い出そうとしましたね。
ところが実際はどうでしょう。
どちらも村に感染者が残ってしまいます。
この調子だと、全員が感染するかもしれませんね」
誰もが息をのんで聞いている。
「あなたたちの判断は、結果としては感染を広げてしまいます。
けれど、私は、あなたたちが自分で判断したことを評価したいと思います」
「今日一番伝えたかったことは、すべて最初にお伝えしました」
ホワイトボードには二つの文が並んでいる。
一つ、自分の頭で考え決定すること。
二つ、人の決定を批判しないこと。
「考える材料はそこら中にあります。だれもが、調べれば手に入れられます。
感情ではなく、事実と正しい方法で考えましょう。
考える方法の一つが統計学です。よきご判断を」
講義はここで終わった。
学生はあっけにとられていたが、講師が退室すると、緊張が解けたように自由に過ごし始めた。
この講義を受けてから約10年がたち、2021年である。
あなたは感染した村人を追い出しますか?
その検査は信頼できますか?
検査の数字は、事実をどのくらい映していますか?
あなたの村には、いま何人の感染者がいますか?
***
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