世代を超えた応援〜入試という極限状態の中で〜
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:武田初実(ライティング・ゼミ集中コース)
入試は塾講師にとって一大イベントである。自分の教えてきた生徒が無事力を出し切って合格を掴み取れるか、力及ばず不合格となるか、その運命が数時間で決まってしまう。だから私たち塾講師もこの時期はいつも以上にそわそわした気持ちで生徒の合格を祈っている。
そんな塾講師にとって最も重要で最も過酷な仕事の一つが「入試応援」である。早朝から校門の前に立って受験前の生徒を激励する、あれだ。皆さんの中にも学生時代に担当だった先生が応援に来てくれた、という経験がある方がいるのではないだろうか。
この「入試応援」がなぜ過酷なのかというと、まず待ち時間が長いことが挙げられる。入試の本番は2月。一年で最も寒い時期に何時間も立ち続け、担当している生徒がやって来るのをひたすら待つ。しかも、ようやく生徒がやってきた後も話せるのは一瞬で、一通りのやり取りをしたらすぐに試験を控えている生徒を送り出さなければならない。応援が終わる頃には手も足も冷え切って少し動かすだけでも痛いくらいだ。
そして、朝が非常に早いことも「入試応援」を過酷なものにしている理由の一つである。なぜなら、塾講師の1日は昼から始まり深夜に終わる、というのが一般的なパターンだからだ。生徒は学校や部活動を終えてから塾にやって来るため、授業は夕方から始まり夜遅くに終わる。当然、講師の勤務もそれに沿って組まれているため、必然的に夜型の生活になりやすいのだ。そんな塾講師がまだ日の登る前に起きて行動しなければならない、というのはなかなか辛いものがある。
それでも、「入試応援」というのは素晴らしい仕事だと私は思う。
ある年の入試応援で、担当していた男子生徒がなかなか姿を現さなかったことがあった。
その学校を受験する生徒は彼の他にも2人いて、その2人は受付開始とともに立て続けにやって来たため、私は同じく彼の授業を担当していた同僚と一緒に彼が現れるのを待っていた。
ところが、10分経っても20分経っても彼は姿を現さない。
私はだんだん心配になってきた。
そもそも彼はいつも誰よりも早く塾にやって来て、みんなが集まるまで一人静かに自習をしているようなタイプだ。そんな彼が、なぜ。
登校途中に事故にでも遭ったのだろうか。それとも、忘れ物をして取りに帰ったとか。悪い想像ばかりが頭を駆け巡る。
もしからしたら、私も同僚も見逃していただけで、彼はもうとっくにやって来ていて、今頃試験に向けて気持ちを整えている最中かもしれない。そう自分を納得させようともしたが、校門の前には遮るようなものもなく生徒が来ればすぐに分かるようになっている。何より、律儀で誠実な彼が、私たちが応援に来ることを知りながらその前を素通りしていくようなことはありえない。
実は私も同僚も、彼の応援に行くのはこれで3回目だった。前の2回は開門早々にやって来て、試験前の彼を励ます私たちに「ありがとうございます」と丁寧に頭を下げていた。やっぱり何かあったんだ……。
さらに5分が経った。集合時間まであと5分しかない。
どうしよう。この学校は彼の第一志望なのに。もし間に合わなかったら……。
今にも駆け出しそうになる私の目に、少し前のめりになりながら早足で近づいて来る少年が映った。それは、紛れも無く彼だった。
「良かったあ……心配したんだよ。大丈夫……」
彼を心配する私たちの言葉を遮って彼が言ったのは
「先生たち、いつも寒い中応援に来てくれてありがとうございます」という一言だった。
そして、その言葉に続くように彼は2本の缶コーヒーをカバンの中から取り出し、私と同僚に1本ずつ手渡した。同僚にはブラックを、ブラックコーヒーの飲めない私には微糖を。
その時の彼の手は、校門の前で彼の到着を待ち続けた私たちよりずっと冷え切っていた。
きっと彼は長い間自動販売機の前で悩んだに違いない。集合時間が迫る中、私たちに少しでも感謝の気持ちを伝えるために。気遣い屋の彼のことだ。私がいつも職場でカフェモカやキャラメルマキアートといった甘いものばかり飲んでいたのも知っていたのだろう。
いつの間にか私は、生徒の応援に来ているのに自分が励まされたような気になっていた。
「入試応援」ではこういったことがたまにある。応援に行っていながらこちらの方が励まされ、元気をもらうようなことが。よく「人は一番苦しい状況に陥った時にこそ本性を表す」というが、入試という極限の状態に置かれながら、それでもなお他者に対する気遣いを忘れなかった彼の本性は、きっとこの世界の何よりも尊いものだったと私は思う。
私もまだまだ生徒たちから学ぶことは多い。そう思いながら今日もチョークを手にしている。
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