海苔を焼くひと手間で美味しい食文化をつなぐ
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記事:赤羽かなえ(ライティング・ゼミ超通信コース)
焼海苔は、焼いた海苔なんだ……!
ごく当たり前のことを見落としていたことに気づいて、へえーっという間の抜けた声しかだせないのが恥ずかしかった。
あるドキュメンタリー番組を見ていた。銀座の幻のすし職人の仕事を追うという内容だ。
店の準備の最初は、七輪で弟子がその日に使う海苔を炙るところから始まっていた。海苔を炙るから焼海苔になるんだと目からウロコが落ちた。
あの海苔は炙らなければいけなかったのだ、だからあの時美味しくなかったのだ。記憶の隅でパリパリに干からびていた疑問が解消した瞬間だった。
私には、海苔を炙らなかったことで大失敗をした経験があった。しかも、そのドキュメンタリーを見るまで失敗の原因に気づかなかったのだ。
私の住む広島市の江波という地区には“江波巻き”という巻き寿司がある。巻き寿司というよりは、今でいう“おにぎらず”の方が近いかもしれない。酢飯を使わないからだ。
江波は河口に位置し、かつては海苔の生産も盛んだったという。あまりに忙しくて、お昼ご飯をゆっくり食べられない地域の職人たちが、作った海苔にご飯と青菜のおかか醤油和えを載せて巻き、食べながら仕事をしていたのだそうだ。
もう海苔づくりはしていないが、江波巻きだけは根付いている。地元のお祭りで小学生たちが横一列に並んで巨大な江波巻き作りをしたり、屋台でも人気商品だ。
初めて江波巻きを食べた時の衝撃はいまだに忘れられない。青菜のおかか醤油和えとご飯と海苔のシンプルな味わいなのに、いくらでも食べることができそうなあっさりとした美味しさ。子供と二人で一本ずつ食べて、他のものを食べようと思っていたのに、もう一度行列に並んでおかわりを買うことにした。
後ろで婦人会の人達だろうか、年配の女性たちが手際よく江波巻きを作っていく。海苔一枚に豪快にご飯と具材を載せ、巻きすは使わずに両端を絞るように巻いて真ん中を切る。花束のように円錐状になった江波巻きは、行列のお客さんに次々と手渡されていった。
「美味しかったのでおかわりしたくて」
と伝えると、会計の方が嬉しそうに、
「江波巻きはね、海苔の美味しさが大切なんよ。昔は、地元のとれたての海苔を使っとったけえね。今ではもう海苔は作っていないけど、美味しさを再現するために美味しい海苔を仕入れるんよ」
そう言って、テーブルに並べられた海苔を指さした。
「海苔も買っていきんさい。おうちで作れるけえ」
私は海苔を買い求め、ホクホクと家路についた。
しかし、美味しい江波巻きは再現できなかったのだ。
青菜のおかか醤油和えは、味付けが少し薄すぎたのか、巻いた時にぼんやりとした味わいになってしまったし、それ以上に海苔が美味しくない。
あの香ばしさはどこに行ってしまったのか。しなしなとして海苔も心なしか色が悪く苦い気がする。
海苔をなんかしなければいけなかったのだろうか。会計の方がそう言えば、なんか言っていたような気がするが、それがイマイチ思い出せなかった。
せっかく美味しい江波巻きを作ろうと思っていたのに、手軽にできるなら子供のお弁当に入れたりできるからいいな、なんて思っていたのに。
ガッカリして、江波巻き用の海苔は引き出しの奥にしまい込まれ、しばらくして大掃除をした際に使い道に困って海苔の佃煮にして消費した。
あの時の海苔は、焼海苔ではないから炙らなければいけなかったのだ、ということがようやくわかったのだ。
数年後、美味しい海苔を作っているところがあると聞いて注文した。その海苔も焼海苔ではなく、食べる前に炙ってくださいね、と注意を受けた。
今度こそ、もう間違えない。
銀座のお店のように七輪、というわけにはいかないが、コンロに火をつけて炙った。
最初は火が近すぎて焦げたり、火が付いたりして慌てて吹き消したり……、銀座で弟子入りしたら即日破門だなあと苦笑いするしかないくらいに下手くそだった。なかなかコツがつかめず不格好な見た目になるのだが、うまくできなくてもパリパリとした食感と香ばしい香りに旨味が増して抜群に美味しい。
試行錯誤の末、餅焼き網を使うようになってようやく満遍なく焼けるようになった。
ネットで調べてみると、フライパンを使う方法、オーブンやトースターを使う方法など、海苔を焼く工夫は他にもいくつか紹介されていたが、どのページも、生海苔だけではなく、既に焼いてある海苔も焼くととても美味しくなるからおススメと載っていた。
また、湿気てしまった海苔も炙り直しただけで美味しく食べられるとのこと。今まで湿気てしまった海苔は佃煮にするくらいしか用途がないと思っていたが、ちゃんと復活するのだということもわかった。
焼海苔というすぐに食べられる海苔の登場は、人の生活を楽に、快適にした。一方で、海苔を焼くというひと手間の存在が隅に追いやられ、海苔を焼くという食文化は忘れ去られていく。
海苔を炙ることだけではない、出汁を引くことやお茶を淹れることも、だしの素やペットボトルのお茶にとってかわられようとしている。
仮に、私達は海苔を炙ることと焼海苔を使うこと2つの選択肢を持っていたとしても、便利な焼海苔だけを使うことを選択したら、子供達の世代には海苔を炙るという選択肢は伝わらなくなるのだ。
海苔を炙るのは、1分もかからない。
たまには、海苔を炙って食べるという心のゆとりを大切にしたい。
その1分が日本の食文化に大きく関わる大事な時間かもしれないから。
***
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