巻き爪になったら生き方が変わった
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:KUMI(ライティングゼミ・日曜コース)
「これはあかん。抜きましょう」
診察室で告げられた言葉に愕然としたのを今もはっきり覚えている。抜くだと?
医師の方へと差し出した私の両足の爪は、紫色に変色し、壊死しかかっていた。
痛みも感じなくなっていた。
極寒のその日、私の通っていた高校では耐寒マラソンが行われた。
猛烈に厳しい行事をするのが大好きな学校だった。マラソンは身体を動かせるから体育好きな生徒には嬉しかっただろう。
私は走るのが大の苦手で、歩くのすら遅く、はっきり言って運動音痴。これまで体育の授業でも長距離マラソンの日は、「お腹が痛い」とかなんとか理由をつけて休むなどして逃げてきた。
高校生活のほぼ全ての期間、思い切り走ったことはない。しかし、この行事はクラス対抗だったので、みんなのためにも逃げるわけにはいかなかった。
なぜなら私は行事でいつも盛り上げ役を買って出ていたからだ。
「苦手でも参加することに意義がある」という青春そのものの甘い気持ちで参加した私は、案の定のろのろ遅くて、どんどん皆から離されていくばかりだった。息も上がる。苦しい。
盛り上げ役どころか、はっきり言って足手まといだ。格好悪いし、恥ずかしかった。
クラスメイトは「がんばろう」と私を励まし、手を引いて走ってくれた。
その優しさが身に染みた。でもしんどい方が強くて、
「もうやめたい」
「帰りたい」
そんな言葉が脳裏に浮かび続けた。泣きたかった。
なんでこんなつらいことをしないといけないんだろう。そう心の中でつぶやいていた。
何が過酷かって、このマラソンは、山越えをするのだ。ずっと山の斜面を走るということだ。
坂道を上り続けたかと思えば、今度は下り続ける。
この「下り続ける」が曲者だった。
登山をした経験のある人ならわかると思うが、上りよりも下るほうが、足にくる。
足、といっても、このマラソンでは、足の先っちょ、「爪」に集中して事件は進行していった。
しんどすぎてアドレナリンが大放出されていたのか、痛みをあまり感じなかったので
とにかく自分の意志に関わらず走り続けた。
最後の方は無になって空中に浮いているかのようだった。
途中で過呼吸になって倒れ、運ばれたクラスメイトもいた。地獄絵図のようだった。
私はひっくり返っている彼らを横目に、意識朦朧のまま走り続けた。
友人たちの応援のおかげでゴールできた。何位だったかは記憶にない。
なんだかわからないけれど、終わって良かった、参加できて良かった、苦しみが終わったんだから。
その後の記憶にあるのは、よろよろと帰宅して、靴下を脱いだ時のショックだ。
爪が、死んでる! グラグラになっている。
両足とも紫色から黒に変わりつつある。これはまずい。いくらなんでも、放っておいてはまずい。
何とか足をひきずって病院に行ったが、私の足を診た医師は、唖然としていた。
爪を抜くしか方法はなかったのだ。
靴がマラソンに向いていなかったのか、坂道を下り続けた間ずっと爪が圧迫されていたようだ。
そこで初めて、生爪をそのまま引き抜くことがどれだけ痛いことかを知った。
ぽろっと取れるもんじゃない。痛みもあるままぐいぐい引き抜く。拷問ってこんな感じなのかなと想像した。気を失いそうだった。
まあ、でも抜いたらまた生えてくるし、それで大丈夫ならいいやと自分を落ち着かせた。
しかしその拷問はこれで終わりではなかった。
爪というガードがない指の表面は、守られるものがなくむき出しになると異常な痛みを持つ。靴下はおろか、靴なんて、履けない。歩けないよ、私、歩けない。
爪がないとこんなに辛いのか、爪ってすごい、爪さん、ありがとう、ああ、爪さんごめんなさい。爪にどれだけ話しかけたかわからない。
身体の一番端っこで、伸びたら切るだけ。下手すれば忘れられている爪。
このときほど大きな存在と感じたことはなかった。
明日から学校どうしよう。ずきずきと疼く足をひきずりながら考えた。
足の親指にぐるぐる巻きにされた包帯。ガーゼをはがして消毒する時のことを想像したら悲鳴が出そうだった。
ここでまた友達が登場する。
一緒に自転車通学していた友達が毎朝家まで迎えにきてくれた。そして自転車の後部座席に私を乗せて登校してくれたのだ。そう、自転車すらこげなかったのである。ふんばれない。
友達は学校に着くと、なんと私をおんぶして教室まで連れて行ってくれた。
学校の中では足をひきずり、苦労したが、心は清々しく、身体の一部である爪を失うことの痛さと不便さと同時にありがたみを強く感じるようになった。
その後爪が生えてくるのにはとても長い期間がかかった。
痛みというのはのど元過ぎれば忘れてしまうものだが、この爪さんはなんと「巻き爪」という形で生えてきたのだ。つまり、しょっちゅう痛くなるのだ。
おかげさまで、私は30年経った今も、親指の爪が身に食い込む度に丁寧に専用ばさみでカットし、膿まないようにお手入れし続けている。
だから、君の事は絶対に忘れないのよ、爪さん。同時に、その時の親友を思い出す。元気にしてるかな。久しぶりに連絡してみようかなとこの記事を書きながらふと考えた。
人生には無駄なことは一つもない。身体もそうだ。
小さな爪のことをいつも気にかけてきたおかげで、足元に意識が向く。
今でいうグラウディングというのだろうか。「頭」が先行する世の中で、
「地に足つけて生きろ」と言われているような気がしている。
目の前で何が起ころうが、逃げずに乗り切ろう、一人じゃない、と
感じられることは本当にありがたい。
厳しい行事のある高校で良かった。爪よ、友よ、ありがとう!
***
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