仕事のストレスでいっぱいいっぱいなあなたに、クジラの鳴き声を聞きながら死んだフリのすすめ《週刊READING LIFE vol.133「泣きたい夜にすべきこと」》
2021/07/05/公開
記事:小北 采佳(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「もう嫌!!」
仕事中に、思わず叫んでしまった。
昨今のコロナウイルス対策によって、私は在宅で仕事をすることが多くなった。家で仕事をしているときは人目をはばかる必要がないので、ついつい仕事中に本音を叫んでしまうことが多い。
私はシステムエンジニアとして働いている。
主に、お客さんがある商品を注文するために利用するWEBサービスや、WEB内で表示される画面などを日々作っている。
「ゼロからイチを生み出す仕事」
というキャッチコピーに惹かれて今の会社に就職したのはいいが、「ゼロからイチを生み出す」というのは想像以上に骨の折れる仕事だった。
「ゼロからイチを生み出す」ときに最も大変なことの一つとして、「決めなければいけないことが多い」ということがある。例えばどういう機能を搭載するのか、画面はどのようなデザインにするのか、どのような情報を表示するのかなど、全体の機能に関わることから細かな仕様まで全てを決定しながら作成していかなければならない。
先日結婚式を挙げた友人がいるのだが、「招待状のデザインとか、誰を招待するのかとか、どういう料理を出すのかとか、会場に飾る花の種類とか……結婚式当日の流れとか、着るドレスとか、全部決めないといけないから大変だった」と言っていた。そういう点では、ゼロからイチを生み出すモノづくりというのは、結婚式の準備と似ていると思う。
ただ、結婚式であれば、関係者がそれほど多くないように思う。主に新郎・新婦やその家族、ブライダルアドバイザーなどとの間でもろもろのことを決めればよい。一方で私が行っているWEBサービスづくりの場合は、関係者が複数の部署に何十人もいて、大勢の関係者との間で認識を合わせながらいろいろなことを決めていかなくてはならない。そのため、何を決めるのにも、とても手間がかかる。
ということで、特にWEBサービスの全体的な仕様が決まるまでの間は、何かを「決定」するための作業や、打ち合わせに毎日追われることになる。決定にあたって必要な判断材料となる資料を用意したり、時には調査をしたりする。しかも、一つのことが決まっても、関連する別の決定事項や課題が芋づる式に出てきてしまうことが多いので、私たちのタスクがなくなることはない。むしろ、日々増えていくことになる。
しかも、複数のプロジェクトに関わっていたりすると、それぞれのプロジェクトでそれぞれの決定事項や課題が上がってきて、それを期限までに解消しながら進めていくことになるのだ。
そんなわけで私は、ゼロからイチを生み出すにあたって、エンドレスに出てくる決定事項や課題を片付けるために、日々たくさんのタスクを抱えている。スケジュール通りにプロジェクトを進めるためにはそれらのタスクを確実にさばいていく必要があり、必然的に残業も多くなる。
そして時には関係者同士で認識が合っていない部分が発覚し、作業のやり直しが発生して焦ったり、他部署の担当者の話が意味不明でイライラしたり……。予想外の問題に苦しむことも多い。
時々、これが生みの苦しみというやつか、と思う。大勢の人の役に立つシステムを作っているという自負があるから、生みの苦しみに毎日向き合うことに対しては、確かにやりがいも感じる。ただ、スムーズにいかないことが多いので、苦しい瞬間のほうが圧倒的に多くなるのも事実だ。
特に、やってもやっても次々とタスクが舞い込んできて、ずっと忙しさが続く状況というのは、人をイラつかせるものである。自分の担当しているタスクがあふれかえって、いっぱいいっぱいになってしまうこともある。そんなときはイライラを通り越して泣きたいこともある。実際に涙が出てくることもある。
そんなわけで、仕事のストレスが頂点に達したとき、在宅勤務で人目がなければ叫んでしまうのである。
「もう嫌!!」と。
でも、仕事で全くストレスを感じないのは、不可能なことだ。
肝心なのは、ストレスからくる不安やイライラといったネガティブな感情にどう対処していくかだと思う。大人数で進めるモノづくりのように、ストレス要因が多い仕事をしていることで、ストレスをコントロールする手段を持つことは大切だと実感するようになった。
ストレスコントロールの方法としては、まず「切り替え」がある。仕事の時間が終わったら仕事のことはキレイに忘れて、心身共にリフレッシュできればとても健康的だと思う。
ただ、コロナ禍で在宅勤務が増えたことによって、物理的に仕事とプライベートとの境目がなくなってしまった。家が仕事場になったことによって、オン・オフの切り替えがますます難しくなった、という声をよく聞く。
実際に私も切り替えは苦手だ。仕事を終えてパソコンを閉じた後でも、ずっと仕事のことが頭から離れないことがよくある。「あの仕事、なかなか解決策が見えてこないけど大丈夫かな」「期限内に終わるかな」といった不安感をズルズルと引きずってしまう。さらに、そういった不安感から業務後も会社用の携帯電話を見てしまったりして、ますます切り替えが難しくなる一方だ。
ただ、仕事への不安感や焦りをずっと感じている状態は、決して精神衛生上よいことではない。ずっと心が緊張していて、リラックスできていないからだ。そのため、「切り替え」が難しいとしたら、別な方法が必要なのだ。心がネガティブな感情でいっぱいになってしまったときに、ストレスをコントロールする別の方法が。
「切り替え」が苦手だった私は、ストレスに対処する色々な方法を試してみた。
結果として、今のところ一番おすすめの方法は「クジラの鳴き声を聞きながら死んだフリ」である。これは、ストレスから完全に意識をそらすというよりは、ストレスの原因を一歩引いた視点からとらえなおすための方法である。これをやれば、仕事で感じるネガティブな感情を前向きな気持ちに変えていくことができるし、さらに良質な睡眠をとることもできる。
「クジラの鳴き声を聞きながら死んだフリ」を行うためには、まずクジラの鳴き声を用意してほしい。といっても、YouTubeで「クジラの鳴き声」を検索すると簡単に見つかる。
「ヒーリング・ミュージック」とか「睡眠用BGM」として、YouTubeにはいろいろな音源が上がっており、クジラの鳴き声もその一つだ。
そもそもヒーリング・ミュージックとは、心理的な安心感を与えたり、気持ちをリラックスさせたりする音楽のことである。脳がリラックスしている状態の時にはアルファ波という脳波を出すそうで、このヒーリング・ミュージックはアルファ波が出るのを誘発する効果があるらしい。
そしてクジラの鳴き声ひとつとっても、YouTubeにはたくさんの音源がある。クジラの鳴き声だけのものもあれば、楽器の音を加えたものもあるし、音源の長さもいろいろなので、いくつか聞いてみて心地よいものを選んでみてほしい。
さてクジラの鳴き声を用意したら、いよいよ「クジラの鳴き声を聞きながら死んだフリ」をやってみよう。
これをやるとかなりリラックスできるので、途中で眠りに落ちていくことが大半だ。そのため、お風呂に入り、歯を磨き、寝る準備を全て整えて、布団に入ったタイミングで行うのがベストだと思う。
やり方は簡単で、部屋を暗くして布団に入ったら、クジラの鳴き声を再生する。
そして目を閉じる。
リラックスしながら、クジラの鳴き声に神経を集中させる。
まず聞こえてくるのは、ザザザザザーンと砂浜に寄せる波音。
次にハープのメロディが聞こえてきて、耳を澄ますと鳴き声らしき声が聞こえてくる。地上ではなかなか聞くことのない種類の音だ。
クウウウーンと高めの鳴き声と、グルルルルと低めの鳴き声。
2匹のクジラが会話しているように聞こえる。親子のクジラだろうか。
真っ暗で静まり返った深海に、クジラの声がこだまする。
コポコポコポ……と深海を空気が抜けていく音がする。
自分が真っ暗な深海の中に、深く深く沈んでいく様子をイメージしてみる。
自分が広い海、あるいは自然の一部だ、ということを想像してみる。
すると、クジラと同じ空間で呼吸をしているような、とても神秘的な気分になってくる。
クジラの鳴き声を聞いて、自分が海の底に沈んでいく様子をイメージしながら、「死んだフリ」をする。つまり、自分が死んでいなくなったらどうなるのだろう……と想像してみるのだ。
もし、明日から自分がいなくなったとしたら……。
まず、私は今の仕事のプロジェクトから解放される。面倒な決定事項からも、他部署の面倒な同僚からも解放される。残業からも解放されて、仕事のイライラからも解放される。それってどんなにラクなことだろう。
でも、不安が次に出てくる。自分がいなくなったら家族はどうなるんだろう?
私がいなくなったら悲しむだろうな。そういえば最近イライラしていて態度が悪かったかもしれない。日頃の感謝の気持ちを伝えられていないかもしれない……。
このように考えていくと、たいてい仕事上の悩みや、それによって感じているストレスはちっぽけなことに思えてくる。
深海のクジラの鳴き声を聞きながら、自分が自然と一体となっていることを想像している状態なので、そもそも私という存在そのものが、自然という大きなスケールの中ではちっぽけだと思えるからだ。
さらに、そんなちっぽけな私という存在は、家族を仕事よりも大切にしたい、と考えていることにも気づく。仕事に振り回されすぎず、大切にするべき人に、日頃からもっと感謝の気持ちを伝えていこう、という気になってくる。
クジラの声を聞きながら、さらにさらに、自分が深海の中に沈んでいく様子をイメージする。
深く、深く、落ちていく……。
私はたいていここでストーンと寝落ちしてしまう。
そして、信じられないくらい深い眠りに到達する。
目覚まし時計の音で目覚めると、もう朝である。
昨日ぐっすり眠ったおかげで、体力的な疲れはかなり取れている。
そしてさらに、気持ち的にもスッキリしている。
この「クジラの鳴き声を聞きながら死んだフリ」のいいところは、自分を客観的により広い視点から見ることができる、ということだ。私の場合は仕事で目の前のタスクや課題が多くなってくると、ついついそのことで頭がいっぱいになってしまう。ひどいときには、仕事が自分や世界の全てであるかのように錯覚してしまうこともある。でも、「クジラの鳴き声を聞きながら死んだフリ」によって、私が抱えている仕事は、実はちっぽけなものだと思えるようになる。
さらに、自分の人生や生活における優先順位も整理できる。私の場合は自分の人生全体を通して、仕事も大事だが、家族をより大切にしていきたいということを再確認できる。そして、仕事はほどほどに、同僚に助けてもらいながら気楽にやっていこう、という前向きな気持ちになれるのである。
こうして私はまた、仕事で次から次へと湧いてくるタスクの解決に取り組む鋭気を養い、心の余裕も持てるようになるのだ。
在宅での働き方がメインになったことで、仕事とプライベートの切り替えが難しくなっている人は多いだろう。仕事で疲れてストレスがたまり、イライラして泣きたい夜もあるかもしれない。でもこのコロナ禍を機に、自分なりのストレスコントロールの方法を見つけられたら、コロナ明けにもきっと役に立つと思う。
特に仕事からの切り替えが苦手な人は、ストレスコントロールの方法として、ぜひ「クジラの鳴き声を聞きながら死んだフリ」を一度試してみてほしい。
翌朝にすっきりした気持ちで目覚められること間違いない。
□ライターズプロフィール
小北 采佳(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
山形県生まれ。山形→仙台→ハワイ→東京を転々とし、現在は東京都在住。
高校時代、数学のテストで200点満点中4点しか取れないほど理系科目が苦手だったが、現在はシステムエンジニアとして日々奮闘中。
故郷山形と東京を行き来する中で、地方と都市部に住む20代~30代女性のライフスタイルについて考えている。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
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