じいちゃんの魔法の水
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:石綿大夢(ライティング・ゼミ平日コース)
「ほぅれ、ひろちゃんも飲んでみろぉ?」
頬をほんのりピンクに染めた、ご機嫌のじいちゃんが幼い僕にコップ一杯の水を進めてきた。見た目にはなんの変哲も無い、水。だがこの数秒後に起きることを、幼い僕は想像もできなかった。
僕の両親は酒をほとんど飲まなかった。飲むのはお正月やクリスマスといった、イベントごとだけで、日常的に晩酌をしているのをみたことがなかった。風呂上がりの父親が、プロ野球を見ながらビールと枝豆を楽しむ。そういった典型的な“晩酌”の様子を、アニメやドラマで知ったぐらいだった。
だからたまに遊びに行ったじいちゃんの家で、僕とお酒は衝撃的な出会いをすることになる。
酒をほとんど飲まない両親に反して、じいちゃんはかなりの酒飲みだった。
基本的には毎日。休みの日は昼間から。今思い返せば、常に酔っ払っていたような感じさえする。厳しい人だったようだが、初孫の僕にはデレデレだったらしく。その雰囲気も相まって、僕にとってはいつも陽気なじいちゃんだった。そんなに遠くないところに住んでいたので、たまに遊びに連れていかれるじいちゃんばあちゃんの家が大好きだったのを覚えている。
ある日の、じいちゃん家の夕食でのことである。
孫が来るということで気合を入れたのだろう。ばあちゃんが腕によりをかけた料理が食卓に並んでいた。見たこともない、美味しそうなものばかりだ!
よく見ると、じいちゃんのところにだけ、大きな紙パックが置いてある。じいちゃんはそこから透明な液体をガラスのコップに注ぎ、美味しそうに飲んでいた。
見た目は普通の水である。しかし、よほど美味しい水なのか、じいちゃんは一口飲むたび、深い音で唸る。まるで一瞬で魔法にかかったように顔はピンクになり、笑い出す。そんなに美味しいのか! 飲んでみたい!
僕の興味を感じ取ったのだろう。じいちゃんがデレた声で僕にそのコップを渡してきた。
「ひろちゃんも飲んでみろぉ? 美味しい水だぁ!」
母やばあちゃんは「もう、父さんたら」「やめときなさい」とじいちゃんを咎めたり、僕を止めたがっていたが、そんなことはもう関係ない。そんなに美味しいものを僕には飲ませないなんて、きっと意地悪でやめろと言ってるんだ。母と祖母の静止も聞かず、僕はじいちゃんお墨付きの美味しい水を口に含んだ。
なんだこれ……信じられないほど、まずい。
水じゃない。水じゃない何かだ。しかも吐き出せばいいのに、反射的に飲み込んでしまった。透明で苦い何かは、体の中を熱くしながら駆け抜けていく。経験したことのない気持ち悪さに、顔が歪む。なんとか口の中を浄化しようと、目の前にあった麦茶を飲むがなかなか治らない。
じいちゃんはこれ以上ないほどニヤニヤしながら、苦しむ僕を見ていた。
「まぁだちょっと、早かったかぁ!」
ピンク顔のじいちゃんは、いつもより陽気だった。
時が経ちお酒も普通に飲めるようになると、なんだか大人の仲間入りをしたことが嬉しくて、かなり若く無茶な飲み方をしていた。当時は自分のアルコールの許容量より、その瞬間の楽しみの方が優先だった。一口皆と酒を飲みかわせば、世界はなんでも魅力的に見えてきたし、全能感に満ちていた。少なくとも飲んでいるときは、僕たちは最強だった。まるで魔法みたいだった。
そうしてサークルの仲間たちと朝まで居酒屋で過ごしたことも何度もあるし、翌日死にそうな顔で朝の新宿を徘徊したのも一度や二度ではない。しかし滅多に激しい二日酔いにならなかったので、
「やっぱり、俺はあのじいちゃんの孫だな」
と、受け継いだ隔世遺伝のアルコール耐性を誇っていた。
しかし最近、お酒を飲むとお腹を壊すようになった。
元々、無茶な飲み方をしていたあの頃より、明らかに飲酒量は少なくなっていた。
もともとお酒の“味”ではなく、“飲み会”の雰囲気が好きだったのだろう、新型コロナウィルスの影響もあって、大勢での宴会が皆無になったので自然とお酒を飲む機会も減少した。
「今日は久しぶりに、少しだけ飲まない?」
その数日後には引越しを予定しており、その晩がその家で飲む最後の晩酌の機会だった。ささやかながらこの家と最後の飲み会だからと、“少しだけ”と妻が気を使ってくれた。数種類のおつまみの傍に、小さな貰い物の日本酒の小瓶が1つ。
あの頃のじいちゃんとも違う。自らを顧みず飲んでいた大学生のあの頃とも違う。今はこれぐらいがちょうどいい。そう思えるぐらいの量をチビチビと飲んでいく。
「いろんなことがあったね」
二人でお酒のささやかな魔法にかかりながら、色々なことを思い出す。大きな家具を頑張って運んだ日のことや、新しいベッドが来た日のこと。その1つ1つの思い出が僕たちを陽気にしてくれた。
きっとあの日のじいちゃんも、同じだったのだろう。
小さな初孫の僕を見ながら、それまでの日々に想いを馳せて、少し陽気になる。
美味しい魔法の水の力を、少し借りて。
***
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