「憧れが一瞬にして消えてしまうことば」
*この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:永松 昭徳(ライティング・ゼミ平日コース)
「すごいな~」という憧れが一瞬にして消え去ってしまうことばが存在します。
そのことばをつい口にしてしまわないように、自分への戒めのためにここに記しておきます。
わたしが社会人1年生のころの話なので、1990年代の話です。
営業の会社に勤めてました。
営業といっても、ルート営業・飛び込み営業・反響営業……、などいろいろな種類がありますが、わたしがやっていた営業は「電話営業」でした。
「こんにちは」から「ありがとうございます」まで、すべてを電話のみで完結させるという、今となっては法的にもモラル的にも絶滅危惧種となっている営業スタイルです。
(ちなみに、商材は有名講師のセミナーや海外のリゾートホテルの会員権で、金額は5万円から数百万円までありました)
もくもくとタバコの煙が充満している事務所の中で、一日中名簿を見ながら電話をかけます。9割以上は1分以内に断られます。なんせ勤務中に電話をかけ、お客様を呼び出してもらって話をするんですから、当然といえば当然です。
今となっては、ほんと考えられないスタイルですね。
なかには、商品説明をフムフムと10分くらい聞いてくれるお客様がいます。成約につながるんじゃないかなとドキドキし始めると、「まったく興味ないんで」と一方的に電話を切られるのは珍しいことではありません。
『断わられることに慣れることから営業はスタートする』という教えが、仮に正しいのであれば、わたしは日本で3本の指に入る最高な環境で仕事をさせていただいたと言っていいでしょう。
というような、そんな世界のお話です。
席替えがあり、私は新しい係長の班になりました。
成績のいい係長でした。
彼はわたしたち新人4人のシマの角席に座ってました。
その日も、朝から何回「もしもし」と言ったか分からないくらい電話をしました。
しかし、誰も成約はとれません。
私の右側には係長。
角席に座っておられるので、顔の正面がずっとこっちを向いてます。
彼はあとでわたしたちにアドバイスをされるつもりなのか、わたしたち新人の営業トークに耳をかたむけつつ、朝から1度も電話を取らずにずーっとタバコを吸ってます。
ただよう緊張感。
午前中、うちの班の成績は全員ゼロで終了。
ひとときの昼休み。
同僚たちと、
「いや~きびしいね~」
「オーダーあがる気がまったくしないんだけど」
と、言い合いながら近所の店で昼食をとりました。
ずっとこの時間が続けばいいのに……、と思うときほど時間は短く感じるものです。あっという間に60分が過ぎ、重苦しい雰囲気で午後が始まりました。
14:00頃でした。
係長が沈黙をやぶり、おもむろに自分のデスクの受話器を取りました。
その日、はじめての電話でした。
流暢な口調です。
あいさつから商品説明まで、流れるような営業トークです。
お客様からの質問もありません。
なぜなら、あらかじめお客様が疑問に思うだろうことを先まわりして説明しているからです。
そして、一番の難関であるクロージングと呼ばれる成約に関する詰めの部分。
へりくだり過ぎず、相手に威圧感も与えることなく、まるでみなさんが契約されておられるような安心感のある伝え方でした。
あまりのよどみの無さに、
(なにこれ、ロープレ?)
思わず心でつぶやきました。
ロープレとは、ロールプレイングの略で、営業役とお客様役に分かれて2人で行う練習のことです。
係長は、「それでは今後につきましてもわたしく鈴木(仮名)が責任をもって担当させていただきますのでご安心ください。本日はどうもありがとうございました。あ、いえいえ、こちらこそ。では失礼いたします」
と受話器を置きました。
わたしたち新人4人は、「おお~すげ~」「かっこいい~」と拍手しながら盛り上がりました。
こんな風になれたら仕事も面白いだろうな~。
最後、お客様の方からお礼まで言われてなかったっけ?
営業のこといろいろと教えてもらいたいな~。
憧れるな~。
係長は、顔色ひとつ変えてません。
なんだ、どうした?みたいな顔して、タバコに火をつけてます。
何年くらい経験を積めば、自分もこんな風になれるのかな…。
そんな力をつけた自分を想像してワクワクしていると、係長から声をかけられました。
「なあ、永松」
「あ、はい!」
営業のコツや、心構えなんかを教えてもらえるんだろうか。
今日は朝からずっと隣でわたしのトークを聞いておられただろうから、なにか改善点を教えてもらえるかもしれない。
飛躍のきっかけになるような、すごいアドバイスをもらえるかもしれない。
ドキドキしてました。
上司の口から吐き出される白いタバコの煙を見ながら続きを待ってました。
「おれってさ……」
煙が部屋の空気に溶けるようにうすく広がっていきました。
「すごいだろ」
遠くを見つめる上司の目はいつも以上に細くなっています。
「はい、すごいです!」
いよいよそのすごさの秘訣が聞ける……。
しかし、そのあと上司の口から続きのことばは待てども待てども出てくる気配がありません。
タバコがうまそうです。
(え? 終わり?)
続きがないので、こちらから聞いてみました。
「なんでそんな簡単にオーダーがあがるんですか?」
すると、
「おれがすごいから……なんじゃないかな……」
という回答が返ってきました。
目は細いままでした。
どうやら話は終わったようです……。
確かにすごい……。
けどどうしてだろう……
憧れが……消えたのは……。
わたしは本当の憧れが、どんなものなのかが分かりました。
憧れてしまう人とは、
「自分では持ち得ていない実力や実績を持っておられる」ことに加えて、
「まだまだ途上の段階だからもっと精進しなくてはいけない」という歩みをとめない謙虚な姿勢を持っている人のことだったのです。
このふたつが同時に感じられたときに、その人のふところの深さを感じて憧れという感情が生まれます。
それから20年以上経ちますが、わたしはこのことを通じて学んだことを肝に銘じて生きてきたつもりです。
いい結果を出したときでもちゃんと歩みを止めないようにしてきたつもりです。
どうですか?
ぼくってすごくないですか?
***
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